Yukiyanagiな日々

趣味で創作活動しています。野生動物、北方狩猟民大好き。創作活動の報告や、日々思うことを綴ります。

第一部 過去との遭遇 

       更に加工(mini)2

                      第1章 現代社会

 4月の下旬、武山絵理奈(たけやまえりな)は早めに教室に来ていた。そこは席が連なって段々と高くなっている教室だった。彼女は黒板を目の前にした前後から真ん中あたりの席を取っている。彼女は本やノートを広げ、何やら真剣に見つめていた。
 そのとき、彼女のすぐ隣に同世代の女性が少し慌てた様子でやってきた。女性は頭のてっぺんに狐のような耳が生えている。
「おはよう、絵理奈」
 関西なまりのイントネーションで女性は声をかけた。すると本を見つめていた絵理奈の顔が上がった。薄化粧した大人びた風貌である。ピアスの飾りが長い髪とともになびき、大人らしさをあおる。
「あぁ、さゆり。おはよう」
 彼女はやわらかい口調で答えた。そんな彼女の様子を見て、さゆりと呼ばれた女性はなんだか申し訳なさそうな顔をした。それと同時に大きな狐の耳もやや垂れて後ろを向いた。
「なあ、あんなぁ。この間の授業休んでもうたからなぁ、あとでノート見せてくれへん?」
彼女は拝むように手を合わせ、懇願する。
「またぁ?」
「ごめんよ」
 絵理奈は相変わらず穏やかな表情ではいるものの、少々困った顔をしている。
「わかった。じゃあ授業後渡すから。でも明日必ず返してよね」
「わかっとるわ」
 さゆりは頬を膨らませた。反った耳がさらに反る。
「でもなぁ絵理奈、ほんまにまじめで頭ええね。あたしなんかボロボロ……」
 とさゆりがぼやくと、
「それはさゆりがサボるからじゃん」
 と絵理奈が戒めた。
「そりゃそうやけど……。だってクラブ楽しんやもん。先輩や同級生もすごく親切なんやで。絵理奈、クラブとかやらへんの?」
 さゆりは口実を述べるついでに聞いてみた。さらに「やればあたしの気持ちわかるやろ?」と甘えたようなことも付け足した。だが絵理奈は、妙に落ち着いた様子で、
「うん、別にいい」
 と答えた。
「あたしは今大学で勉強してる事が一番好きだから。別にクラブ入んなくても平気だよ」
 彼女は教材に向き直る。そんな彼女をさゆりは半ばつまらなさそうな表情で平たく「へー」と返した。
「大体気にならないの?」
 絵理奈は突然さゆりに向き直った。
 さゆりはきょとんとしている。絵理奈の視線はさゆりの全身に向けられていた。
「さゆりみたいなトランス型が、ツール型とどうして平等に暮らせるのか、気になったりしない?」
 しかし、さゆりは「だから?」とでも言うように他人事みたいな表情のままだ。その緊張感のなさにしびれをきらしたか、絵理奈はさゆりに急接近した。
「じゃあ授業の復習しようよ。テストにも出るだろうし。――はい、トランス型の旧称は?」
 急に「授業内容」を持ち出され、さゆりはたじろいだ。大きな目が見開いてさらに大きくなり、大きな耳が弧を描くように反った。
「じゅ……獣人」
「ツール型は?」
「……真人間」
 手に汗がたぎってきた。
「現在の呼ばれ方はいつから?」
「えぇと……」
 答えが出ない。
「1965年。公民権法成立の翌年だよ」
 ややきつい表情で絵理奈が解答を出した。
「はぁ~。普通逆じゃない? ツール型のあたしが一生懸命で、かつて差別されてたトランス型のさゆりが気にしないなんて……」
 絵理奈は大きなため息をつくと同時に頭を抱えた。
「でもあたし今別に差別されとらんで」
 さゆりは自分を指さして能天気に答える。しかし、
「あ! でも、現在の呼び名の由来はちゃんと答えれるで!」
 と少し嬉しそうに言った。
 彼女は説明した。脊椎動物にはどの種にも皆固有の潜在能力が備わっており、それが人間に当たる魔力であると。その魔力を体の変形(transform)に使ったのがトランス型であり、あくまで道具(tool)として使ったのがツール型だという。ついでに言うと、この両者は遺伝学的な差異はなく、同じ人類であるとか。
「どや? そこそこ真面目なとこもあるやろ?」
 さゆりは腕を組んで威張ってみせる。絵理奈は苦笑した。
「まあね。――――でも、今でこそそうだけど、昔はそう思われず別の生き物同士だと認識されてたんだよ。キリスト教圏ではツール型は神の子、トランス型は悪魔の使いだとされてた……」
 さらに、トランス型の人々がどれほどの迫害を受けてきたかは現代の自分たちにはわからない、だからこの大学でしっかり学んで後世に伝えていくべきだと、彼女は真剣な表情で言った。
「このままじゃさゆり、ご先祖様に悪いと思わない?」
「せ……せやね」
 さゆりは小鼻を掻きながら冷や汗を流した。
「だからあたしは一生懸命勉強してるの」
 絵理奈は教科書に向き直った。
「そっか……。よっしゃ! ほなあたしも頑張らな!」
 さゆりは気合を入れてガッツポーズをした。

 絵理奈はS大学の文学部に通う大学2年生である。今の話は彼女が専攻する「少数派部族」のとある授業の内容だった。
 今の会話にもあったように、現代ではトランス型とツール型は同じ人類とされて平等の社会を送っている。この教室の中にも、普通の姿の人もいれば、獣のような耳が生えたり妙に毛深い人がいたりして、皆何食わぬ顔で黒板に向かっている。黒板には「中世ヨーロッパ頃存在していたトランス型の部族」と題して「オオカミ族」「イタチ族」「ヤマネコ族」「フクロウ族」「タカ族」と書かれており、それぞれの住んでいる地域が書かれている。たとえば「オオカミ族」は森林の地上部で生活し、「タカ族」はほとんど樹上生活で建築技術が高い、と書かれていた。
「このように、同じトランス型でも、当時は『系』ごとに違った部族を持ち、生活形態が異なっていることがわかります。しかしツール型の侵略によって住む場所を奪われたり、奴隷とされたことによって、彼らはツール型の文明にはめ込まれることが相次ぎました。それによって18世紀あたりから、トランス型の部族形態は崩壊し、部族関係なく『獣人』一括りとして生活が送られるようになったのです」
 ――――「系」とは、トランス型の人がどのような動物の姿をしているかによって付くカテゴリーである。たとえば、山猫のような姿なら「山猫系」、狐のような姿なら「狐系」となる。ただし、トランス型には草食動物系はいない。それは元来人類(ホモ属)が肉食であり、肉食による脳の発達が促されたためだ。このことも、絵理奈は授業で聞いていた。
 現在語られる世界史はほとんどツール型のものである。歴史とは時代の勝者の歴史であり、魔力で世の中を制覇してきたツール型と、環境に合わせて体を変形させるトランス型では、当然文明の進歩はツール型のほうが顕著であり、トランス型のそれは原始的になる。そのため結果としてトランス型はツール型に支配され、歴史の敗者となるのだった。よって「少数派部族」とされてしまうわけだが、事実トランス型はなぜかツール型に比べて数が少なく、おのずと「少数」になってしまうのだった。



 ある夜絵理奈は、自宅での授業の予習中、教科書で興味深いコラムを見つけた。そこにはこう書かれていた。
――――しかし20世紀より前のトランス型の人々が、ツール型に迫害されてばかりいるわけではなかった。ドイツのシュヴァルツヴァルトに伝わる言い伝えでは、かつて、この地に部族を守るべく立ち上がったひとりの青年がいたという。しかし、その青年がどの部族の者で、どう立ち向かったのかについてはわからない。
「……え? これだけ?」
 興味深い内容の割に短くあっさりしていると彼女は拍子抜けした。別の欄をみても、違うことが書かれているだけだった。
「明日先生に訊いてみようかなぁ……」
彼女はコラムのあったページの上部に付箋を貼った。

「あぁ、武山さんなら気になると思いましたよ」
 そう答えたのは、絵理奈と面識の強い白樺孝夫(しらかばゆきお)教授だった。黒い縁取りの細長い眼鏡をかけ、頬骨が張り、すらりとした体系のすがすがしい印象の男性で、これでアラフォーというには若すぎるぐらいだった。
 彼は整理整頓された研究室のパソコンのデスクトップに向かっていた。
「でも残念ながら、ちゃんとした記録が見つからないのが現状なんです」
 教授はやや残念そうな顔で、こちらに向けていた顔を再びデスクトップに戻した。
「トランス型の部族の固有の文字は八割がた解読できます。しかしそれでもそれらしきことは書かれておらず、まだ解読できない文字もあるんです。――だから、その解読できない文字やまだ発見されていない文献などに、その青年のことが書かれてるかもしれないんですよ。わかり次第、武山さんに伝えますね」
 彼は絵理奈に軽く微笑んで答えた。
「あ、ありがとうございます」
 思わぬ返事に、絵理奈は少し驚いた。――――しかし彼女は、教授の脇に置かれた鍵の束の存在に気づいていなかった。



 暗い廊下を、男性が歩いていた。コツコツと、靴音が廊下に響く。同時に、じゃらじゃらと、金属物がぶつかり合う音も響いていた。男性は、「G505」そして「関係者以外立ち入り厳禁」と書かれた扉の前に立った。
 手にしていた鍵の束のうちから一つ取り上げ、扉の鍵穴に鍵をさし、廻した。扉はすんなり開き、男性は中に入った。
「準備は出来ましたか?」
 すると一人の学生が答えた。
「はい、試運転の準備は整っております。教授」
 ――――入ってきたのは白樺教授だった。
 部屋には膨大な数のコンピューターが並び、部屋の中央に巨大な黒い装置が置かれていた。そこから放射線状に無数のコードが伸び、床を這っていた。部屋にいるのは学生と思われる若者ばかりである。
 部屋を見回している教授のもとに、もう一人入ってきた。
「白樺君、本気でやるのかい?」
 声をかけられて彼が振り向くと、彼よりもっと年が上でやや膨よかな体系の男性が、なにやらひやひやした様子で立っていた。
「鈴木学部長」
 白樺教授は落ち着いていた。
「いくら国の援助や学長の承認があったとしてもやはり危険だよ。しかも他の教諭やここ以外の学生には内密にしてるんだろう?」 
 学部長は困り果てた表情だった。だが白樺教授の様子は変わらない。むしろより真剣な表情になった。
「えぇ、だからこそやらなければならないんですよ。犠牲になるのは私であるために」
 彼はそう言って前を向いた。
「しかしねぇ、君に何かあったら私に責任が来るんだよ。わかってるのかね?」
 その言葉がいくらその気の教授でも、痛く刺さった。彼は俯いたまま「すみません」とぼそりと謝った。
「……でも……ツール型によって伏せられたトランス型の過去を、私は明らかにしたいんですよ」
 彼の言葉に力がこもった。
「学部長もご存知でしょう? トランス型を悪魔の子とみなしたツール型はトランス型の村々を襲って貴重な遺産をことごとく破壊、消し去っていったんですよ。その失われようは、マヤ文明崩壊の比じゃありません。おまけに今でもトランス型への偏見は残っています。数が割と少ないために、黒人差別の爪痕よりはっきりしています。――――今こそトランス型の真実を知って伝えるべきです」
 白樺教授はツール型である。しかし彼のトランス型に対する思いはとても強い。彼らのことを思うと、彼らを差別するツール型に怒りが込み上げてきそうだった。
「教える身として、真実を伝えていくのが、私の使命です」
 断言した。そのとき、
「教授、文学部棟裏からの無線の通信が可能になりました」
 一人の学生が無線を差し出してきた。
「ありがとう」
 彼は無線を受け取り、応答した。
「はい、こちら白樺」
「聞こえます」
 文学部棟裏にいる学生が答えた。すく近くに扉の開いたコンテナがある。
「『入口』は開きそうですか?」
「あと二、三分ほどで……」
 学生は腕時計を見た。
「設置したコンテナの中で開くはずですよ」
「そうですか。くれぐれも誰も近寄らせないで下さい」
「はい。今のところ人が来る気配はありません」
 確かに此処は木や草が生い茂った薄暗い場所である。近くに坂道を上り下りするための階段があるが、人の気配はない。
「では今から行きますから、そのまま待機していてくださいね」
「了解」
 学生は無線を切った。しかしさっきまでの冷静な表情は崩れ、焦った顔になった。
「とは言っても、オレそろそろトイレがやばい……。少しくらいなら、大丈夫だろうな……」
 彼はコンテナの近くを素早く後にした。

 そのころ、絵理奈は荷物を抱えて、文学部棟裏の階段を下りていた。耳にイヤホーンをさしている。ふと、視界に見慣れぬものが入ったか、彼女は目線をそちらに向けた。向こうにコンテナが置かれている。
「あれは……?」
 付近に「立ち入り禁止」といったようなものがないので、彼女はイヤホーンを外しながら安易に近寄った。
「……あれ、一体何?」
 コンテナの扉の向こうが光っている。しかしそれは、蛍光灯による光ではなかった。コンテナに入り込むと、光っているのは床の一部だった。七色の光が、揺らめきながら光っていた。
「え? なんなの、これ」
 おまけに、その光っている床から人の声が聞こえる。街中にいるようながやがやとした声だ。
「?」
 彼女は手にしている二つの荷物のうち、一つを床に投げ出した。そして、そっと片足を近づけてみた。すると足がズボッと中に入り込んでしまったではないか。
「え? キャアァァァァァァァァァ!!」
 妙に思って間もなく、彼女はその光っている床に落とし穴のごとく落ちてしまった。



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