Yukiyanagiな日々

趣味で創作活動しています。野生動物、北方狩猟民大好き。創作活動の報告や、日々思うことを綴ります。

第一部 過去との遭遇 2

         更に加工(mini)3

                    第2章 過去の世界へ

「キャアアアアァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」
 絵理奈は奈落の底を落下していた。全く何も見当たらない、「無」の世界である。それからやっと視界が開けて光が見えたかと思うと、彼女はいたるところに体をぶつけ、無残にも何処かへ叩き付けられた。
「うわぁ‼ 上から人が落ちてきたぞ!」
「きゃぁぁ! うちの品物が台無し」
「何だぁ?! こいつぁ?」
 叩き付けられた激痛とともに、周りのざわめきが聞こえた。
「ん……?」
 やっと意識がはっきりして、自分のすぐ真下を見ると、リンゴの山だった。しかし、彼女に押しつぶされたか、何個かぐちゅぐちゅに潰れていた。
「おい、そこのヘンテコ野郎! 何してくれんだよ? うちの大事な商品が台無しじゃねぇか!」
 柄の悪い男に怒鳴られ、彼女はハッとした。慌ててリンゴの山から下り、深々を頭を下げた。
「す、すみません!」
「『すみません』じゃねぇ! どうしてくれんだ! それになんだぁ、そのなりは? ふざけた格好でぬけぬけと言うんじゃねぇ!」
 スキンヘッドの髭の生えた男が彼女を妙なものでも見るような目つきで彼女を睨んだ。
 絵理奈は恐れながらも「変な格好」と言われたことに妙なものを感じた。
「?? ほ、ほんとにすみません!」
 此処にいてはまずいと思い、もう一度頭を下げて謝ると、彼女は人ごみをかき分けて逃げ出した。
「おい、ちょっと待て! 店何とかしろ!」
 背後から男が叫ぶのが聞こえる。なるべく声の聞こえないところへ逃げようと彼女は必死で走った。しかし、彼女は走りながら感じた。皆彼女をもの珍しそうに見つめ、妙にざわついていた。おまけに彼らは現代人的な格好をしていない。
(なに? 今あたしに何が起きてるの? さっき変なコンテナの中にいたはずなのに、なんで今はこんなヘンテコなところにいるの?! 周りの人の格好も全然違う。まるで西洋のおとぎ話の世界みたいな……中世ヨーロッパ的な……)
 彼女は混乱していた。さっきまで草木の生い茂るキャンパス内にいたはずなのに、今は、石造りの建物がならび、中世ヨーロッパ的な裾の長い服をまとった人ばかりが歩いている。明らかに彼女とは違う格好だった。
 そのうち衛兵らしき武器を持った人が現れ、彼女はいよいよ怖がった。息が苦しくなり、体も煮えたぎるように暑かったが、それどころではなかった。
 そのうち、彼女は細い路地らしき道を見つけた。レンガ造りの高い塀がつくりだした細い道で、此処なら見つからないだろうと思って本能的に逃げ込んだ。
「ハァ、ハァ、ハァ……、ここまで追いかけてくる人はいないよね……」
 やっとはあはあ言える余裕が出来たが、不安は消えなかった。後ろを振り返ると、彼女が見つからなくてざわざわしている人々の姿が見えた。彼女は見つからないように、ゆっくりと進もうと思った。
 しばらく歩いていると、向こうに人影が見えた。
「? ……あれは?」
 その人物は彼女から少し離れた先でしゃがんで俯いていた。濃い緑色のローブを纏い、深くフードを被っている。ローブの裾はえらく短く、黒い胸当てをつけているのがわかった。さらにナイフの鞘のようなものが三つ並んでいるのが見え、両腕に籠手を当てていた。普通の格好なんだか武装しているのかわからない中途半端な感じだった。まるで、普通の人に見せかけて誰かを襲う、暗殺者のようだった。
 こんな物騒な予感のする人物を素通りするのは怖かった。通り過ぎた途端に後ろから刺されてしまいそうだからだ。おまけに自分は周囲から明らかに浮く存在。怪しまれてしまう理由は十分にある。
 通り過ぎようか引き返してまた追われる身になろうかどうしようか悩んでいるうちに、彼女は、フードの男が、左膝を擦りむいているのに気付いた。黒いズボンが裂け、真っ赤な血がにじみ出ているが離れていても確認できた。
 そのとたん、さっきまでの恐れは何処へ行ったか、彼女は無意識のうちに男に急接近してしまった。
「あ……あの……」
 だがさすがに声をかけるのには勇気が必要だった。
「……あぁ?」
 男は軽くこちらに振り向いた。フードの下から鼻先と口元しか見えない。太いあごだった。
「お怪我、大分ひどいようですが……」
 絵理奈は自分の身より相手の身を案じた。前かがみになって彼の様子を伺う。
「……かまうな。目障りだ」
 男は軽くあしらう。再び目線をおろしたため、全く顔が見えなくなった。
「でも……」
「かまうなと言っている」
 怒鳴るほどではないが、男はさっきより強く言った。よほどうるさそうだ。
 びびりがちだった絵理奈は少し強く言われただけでビクッとした。
「……お前誰だ? 私に何しに来た? そんな格好で」
 どうやら彼女には関心はなさそうに聞こえる。しかし、そう思わせているだけかもしれない。少なくとも彼には、もう黙って通り過ぎることは出来ない。
「あの……あたしは……」
 彼女だって自分のことをなんて言ったらいいのかわからない。そもそもここが何処なのか、過去の世界のような気がするがそんなメルヘンな話があるわけがないと思った。
「追われの身か?」
 今度は男が話しかけた。絵理奈は図星をさされて怖気づいた。うんともすんとも言えない。
「その格好でうろちょろできるはずがない。追われて此処に逃げ込んだんだろ。さっきはぁはぁ息切れしてるのが聞こえたぞ」
「え、なんで……」
 彼女は思わず言葉をこぼしてしまった。だが今度は男は答えなかった。
「いたぞ! ヤツだ!」
 遠くから声がして、絵理奈はまたしてもビクッとした。
「っち! こんなときに……」
 男は舌打ちをして立ち上がろうとした。擦りむいたひざが痛むのか「っつ!」と軽く声を上げた。
「あ、あの、無理しないで……」
 絵理奈がしどろもどろしながら声をかけた。すると男が振り向いた。かなり背が高かった。
 突然、男は無言で彼女の手を引いて走り出した。絵理奈は何が何だかさっぱりわからない上に男の足が速くて転びそうになった。
「えぇ?! ちょっと!」
 背後からがしゃがしゃと聞こえてくる。振り向くと衛兵だった。やはり現代の格好ではない。槍やクロスボウを手にし、こちらに向かって突進してくる。
 男は絵理奈を連れたまますぐに路地を抜けだし、敵との距離をつくっていくが、それでもしつこい敵はいつまでも追ってくる。絵理奈は怖かった。果たして自分を追っているのか彼を追っているのか、どっちにしても今自分は追われる身だと思った。
 途中石に蹴躓いて転びそうになるが、男はいっこうにお構いなしだ。絵理奈は「危ないじゃないの」という気持ちで男を睨んだ。さらに人が行きかう中通り抜けるのでしょっちゅう人にぶつかり、そのたびに怪しまれたので絵理奈は走りながらうんざりした。
 ふと、男は立ち止まった。
「あそこに入るぞ」
 と指したのは藁の積まれた荷車だった。
「え?」
 汚さそう……と彼女が思う暇もなく藁山に引き込まれた。すぐ脇に抱え込まれ口を押えられ、喋れなくされた。周囲がやっぱり自然味臭かった。すぐ真横に目をやると剣の柄と鞘が見えた。明らかに武器を扱う人物であるのが分かった。
 外から声が聞こえてくる。
「くそう、何処へ行きやがった」
「デカいくせに……」
 彼女は衛兵の声に耳を傾けていた。
「もっと向こう探してみるか」
「そうだな」
 そう言って衛兵の足音が遠くなっていくのを確認した。
 一息ついたところで、絵理奈は男の顔を見ようとした。
 男はフードを深々と被っているうえ、そのフードがV字型をしているので近くで見てもやっぱり顔全体は把握できない。見えるのは太いあごと、鷲鼻のような鼻筋だけで、目元は完全に陰ってしまってわからない。つり目なのかたれ目なのか、大きい目か細い目か、眉は太いのか細いのか、濃いのか薄いのか、全然わからない。ただ、目元がくぼんでそこがより一層陰が濃くなっているので、若干目の位置がわかる程度だった。
 男の口は真一文字に結ばれており、油断も隙もない様子だった。だがやがて口が開いたかと思うと、彼はこんなことを言った。
「しばらく隠れてろ」
「?」
「私が戻るまで動くな。絶対だ」
 絵理奈が唖然としている間に男は藁山から出て行ってしまった。
(なんなの? あの人。どういうつもりであたしを連れ回してるの? そもそも何者? 今後あたしをどうする気なんだろう? それより、あたしこれからどうすればいいの? これからずっと、この「世界」に閉じ込められちゃうの?)
 彼女はもう何が何だか分からなくなってしまって、目頭が熱くなっていくのを感じた。



 人々が行きかう街中を、先ほどの濃い緑のローブの男は歩いていた。誰かに気づかれてはまずいかのように、時々群衆に身をひそめながら、尚且つ不自然のないように振る舞いながら進んでいく。
 しばらく進んでいったところで、男は、遠くに衛兵に囲まれた人物を見つけた。貴族のような、高貴な服装の人物である。どこかの店の前で話をしているようだ。
 男はその人物を確認すると、建物の脇に積まれた箱を駆け上がって屋根に上った。衛兵に囲まれた人物が進む方向に合わせて、一定の距離を保ちながら男は後をつけていく。彼らが人通りの少ない通りに来たところで男は立ち止まった。狙っている人物の位置関係を把握すると、手首から鈍く光る刃物を突出し、そのまま急降下して背後から襲いかかった。
 刃物は標的の喉に確実に刺さり、そのまま標的は地面に叩き付けられた。衛兵のど真ん中に落ちたため、衛兵たちは驚くとともに攻撃態勢になる。すると男は、懐から何かを取り出してすぐ目の前に落とした。そこから煙がまき散らされ、衛兵たちは咳き込んだ。その隙に彼は逃げ出し、再び人通りの多いところに来ると、何事もなかったかのように歩き始めた。



 そのころ、絵理奈は藁山の中でじっとしていた。逃げてしまえばいいのにという考えも浮かんだが、今のままでは確実に浮くし、そのためにあの男に見つかって今度はひどい目に遭うかもしれない。そう思ったので、結局彼女は動けずにいるのだった。
 そのとき、藁山が掻き分けられる音がした。それはさっきの男だった。男は黄土色の服を差し出した。
「これを羽織れ」
「はい?」
「お前が浮くとこっちも連れて行きにくいんだ」
「…………」
 やっぱりまたどこかへ連れて行くのね、と絵理奈はうんざりした。
「どうした? 早く受け取れ」
 絵理奈が無反応なので男は催促する。それがまた嫌だった。男は服を入れたまま藁山から出た。しかし、気配からしていなくなったようではない。
 嫌だとは思いつつも、彼女はわかっていた。もう選択の余地はないと。そもそも、あの男にうかつに近づいてしまった自分が悪いのだ。もしかしたら素通りした方が良かったのかもしれない。それより、やはりあのコンテナに近づいた自分がいけなかった。全部自分のせいだ。彼女は今更ながら後悔していた。自嘲せずにはいられなかった。
 黄土色の服を羽織り、男と同じようにフードを被ると、藁まみれになりながら出てきた。男は今度は彼女の手を引かずに歩き出す。しかしそれは確実に「ついてこい」ということを表していた。だから絵理奈は無言で彼の後ろを歩いた。
 よほど衛兵が多いのか、行く先々でしょっちゅう出くわした。そのたびに、男は彼女を引いてさっと人ごみに紛れた。地味な色合いの服なので、紛れていると彼は意外に目立たない。武装しているとは言え、外側は意外とその部分が見えにくいので誰も気づかない。絵理奈が確認できたのは、彼一人しかいないときで、その上彼女は怖がっていたため彼をより一層注意深く見たためだ。今思えば、彼が彼女が息切れしているのを知ったのは、彼女からの視線を感じたからだった。
 陽はかなり傾いていた。赤い夕日がまぶしかった。男は塀の前に立っている馬に近づいた。真っ黒く、夕日の光を全部吸収して体が熱くなってるんじゃないかと思うくらい真っ黒である。額に三日月のような形をした白い模様があり、白い部分はそこだけだった。彼は絵理奈を抱きかかえて先に馬に載せる。馬の肩がぶるぶるっと動いて転げ落ちそうだった。そのあと男は彼女の後ろにまたがった。後ろから彼女を包むように手綱を握り、馬の向きを変えて歩かせた。
 馬になんて生まれてこのかた一度も乗ったことがない。かつて動物園でポニーという小型の馬に乗ったことはあるが、普通の馬はもっとずっと大きくて怖かった。
 人が少ない川沿いの道に出ても、男は馬を走らせようとはしなかった。まるで彼女が馬に慣れていないことを察しているかのように、彼はゆっくりと馬を進ませた。彼が両脇から支えてくれているのか、意外と落ちる心配はなかった。彼女も、馬に取り付けられた手綱でない紐につかまり、落ちにくいよう努力していた。だが、心のどこかに安心のようなものがでたか、彼女はそのまま意識が遠くなった。

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