Yukiyanagiな日々

趣味で創作活動しています。野生動物、北方狩猟民大好き。創作活動の報告や、日々思うことを綴ります。

私が狩猟民を描いてみたいと思うワケ

こんにちは、FUKUです。
最近WWFに加入しました。月500円のコースなので今の私でも手軽に環境保護に寄付できるかなと思ったからです。

さて、地球環境や野生動物を守るWWFに入った私ですが、私の作品を少しでもご存知の方はもしかしたら意外な感じがするかもしれません。

何故なら、現在執筆中(中断なう)の創作物語では主人公が狩猟民であり、狩りや漁のシーンなどを結構しっかり描いていて、作者の私が何処か憧れているかのような描写となっているわけです。

野生動物保護と狩猟、一見すると正反対ですよね。何年か前NHK(だと思う)のドキュメンタリーで、動物愛護活動をしている女優さんが、ヨーロッパのある国に訪れて、そこでブリーダー兼犬の保護をしながら猟師もやっているという人と出会って「ちょっと理解できない…」とつぶやいていたシーンをみかけたんですが、あんな感じに思える人もいるんじゃないでしょうか。

実はこれ、数年前の自分でもちょっと理解できなかっただろうなと思うんです。「守るのか、殺すのか、どっちだよ」ってね。

でもみなさん、「野生動物保護」って何のためにするんだと思います?そう、生態系の保全のためですよね。現在トラとかインドサイとかの絶滅が心配されていて、その原因が毛皮や角を狙った密猟だったりするわけです。彼らが絶滅すると、その地域の生態系が狂います。それは巡り巡って人間社会の方にもしっぺ返しがくるんですよ。だから「野生動物保護」の本義は私たち人間の未来のためなんです。単なる「可哀そう」というのではないんです。

だから数が多ければ保護は当然しませんし、増えすぎて人間に脅威が迫るようなら駆除する、そういったものです。

それを聞いて「人間って身勝手だなぁ」と思う人も時々いるようですが、そうでしょうか。「自分の身と財産を守りたい」というのは、人間に限らず生物なら当然の意識だと思います。他の生物の場合「財産」というのは「食べ物(栄養)」に相当するのではないでしょうか。


私がその辺を強く意識するようになったのは、今日本で賛否が分かれている「オオカミの再導入」に関する話を聞いた時からです。頂点捕食者であるオオカミの絶滅と猟師の高齢化に伴い、シカやイノシシなどの野生動物が激増し、農業に大打撃を与えているというのは、昨今の重要課題としてときどきTVでも取り上げられていますよね。
私が賛成か反対かについては此処では割愛させていただきますが、この件でいろいろ学んでみて改めて「自然」とは何か、「野生動物との付き合い方」とは何か、考えさせられたわけです。

環境意識が浸透しつつも、日本を含め都市化が進んだ国では自然が身近でなくなった人が増え、そんな私たちが人工物で囲まれた生活をしていると、なんとなく「野生動物」と聞くと「貴重だから保護しよう」っていう思考回路になりがちだと思います。時々聞く「動物愛誤」なんていう動物最優先意識を掲げる人たちも、都市社会が発展した結果生まれたのではないのかと思います。
だから、ホントに山と隣り合わせで暮らしている方たちに言わせると「環境保護なんて都市の人たちが勝手に言ってることじゃない!こっちは生活がかかってるの!」ということになるのです。


だから、ちょっと人類の原点に戻ってみたいというか、「理想的な自然との付き合い方」というのを表現してみたくて、狩猟民を描いてみようと思ったのです。最近、映画とか小説などでそういった人たちが主人公、或いは主人公側の立場の作品を鑑賞したのですが、今までどことなく残酷に思えていた狩猟に対する意識ががらりと変わったんです。
その後も実際の例でいろいろ調べてみたのですが、特に伝統的な生活をしている人ほど、自然に対する畏敬の念は強いと思います。狩りをするにしてもアメリカの開拓時代の移民みたいに乱獲はしないし、そもそも獲物となる動物に敬意を抱いています。今自分が他の生物の犠牲の上に生かされているということを自覚し、感謝するのです。そしてまた自分の命を粗末にするということもしないのです。

今更そんな生活に戻ることはけっしてできないので尚の事憧れのようなものが出てきて創作意欲が湧くのですが、そんなわけで、自分でも正しい自然との接し方を模索したく、狩猟民を主人公にした作品が描きたいと思ったのです。


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