Yukiyanagiな日々

趣味で創作活動しています。野生動物、北方狩猟民大好き。創作活動の報告や、日々思うことを綴ります。

第一部 過去との遭遇 3

       更に加工(mini)4

                    第3章 初めての夜

「すみません!」
 学長室に呼ばれた白樺教授は、眉間に深くしわを寄せ口をへの字に曲げた学長を目の前に深々と頭を下げた。学長の表情は変わらない。
「君、その言葉をかける相手が違うと思わないのかね?」
「………………」
 教授は頭を下げたまま無言だった。
「『向こう』に落ちてしまった人に言うべきだろう」
「確かにそうです」
 しかしやはり、下がった頭はあがらなかった。
「君には退職処分したいところだが、あのプロジェクトを立ち上げたのは君だ。だからなんとしてでも君の力でその人を連れて来なければならない。連れ戻すまでは、一切授業もやらせないし、研究なんてもってのほかだ」
 学長の口調は厳しい。
「はい、命に代えてもその人を連れ戻してきます!」
 教授はようやく顔を上げた。毅然としていながらも、不安に満ちた顔だった。



 気が付くと、絵理奈は真っ暗な部屋の中に寝かされていた。しかし、やっぱりもといた「世界」ではない。
石造りの壁が見え、自分は藁の敷かれたところに寝かされ、毛布が掛けられていた。月明かりのような薄暗い光が部屋を照らしている。明らかに現代的な空間ではない。
「ここは……?」
 おぼろげながらつぶやいた。
「やっと気づいたか」
 何処からか聞き覚えのある声が聞こえた。顔を上げて振り向くと、自分の足元で例のフードの男が腰を下ろしていた。腕を組み、立膝をしていた。
「あの……ここって……?」
 絵理奈はおずおずと尋ねた。
「使われなくなった牢屋だ。そして――――お前を閉じ込める所でもある」
 男のいった言葉の意味が分からない。
「え?」
「お前は此処で私の監視下に置かれるんだ」
 男はさっきよりはっきりと言った。
「えぇ?!」
 絵理奈は思わず声を張り上げてしまった。
「『えぇ?』じゃない。 お前のような妙な奴を野放しにできると思ってるのか」
 馬鹿言うなとでも言うようにこちらを見た。
 あんただって怪しいじゃないの、顔見えないし、と絵理奈は思ったが、そんなことは口が裂けても言えることではない。
「運が悪かったと思え。私は疑った奴には何かしら処置を施すのが仕事なんだ。お前の場合、私に監視されるんだ」
「…………じゃあ、今日連れまわしてたのって……」
「結局こうするためだ。何だ? どうされると思ってたんだ?」
 男は組んでいた腕を離して片手を立膝をついている膝に乗せた。どことなく感じが悪い。
「…………」
 彼女は何も言えず手元に目線をおろした。
「お前は何者なんだ? なぜ私に声をかけた?」
 低く警戒するような声だった。
「…………」
 ここがどこなのかわからなければ、自分のことを説明しようがない。絵理奈の口は閉じられたままだった。
「聞こえてるのか?」
 その言葉が、彼女に追い打ちをかけた。
「此処はどこなんですか?」
 追い詰められて出てきたのはそんな問いだった。
「は?」
「あたしだって全然わかんないですよ。突然此処に落ちてしまって、周りの人と明らかに格好や様子が違って……こう……あたしがまるで未来人みたいで変な感じなんです。此処はどこですか? 何世紀なんですか?」
 まさか過去だったり外国であったりするはずがない。きっと皆その気になりすぎている映画撮影現場だと彼女は思っていた。
「お前の問いの意味が分からない。突然此処に落とされただと? お前の格好は未来の人間の格好なのか? きつすぎる冗談はよしてくれ。此処は普通に16世紀のフランスだ。何を言っている」
男はあっさりと答えた。――――16世紀のフランスだと。
「え……?」
「お前、ここがどこだと思ってたんだ?」
 絵理奈は夢でも見てるんじゃないかと思った。もしこの男の言っていることが本当なら、自分はひどい悪夢を見ていることになる。
 頭をハンマーで殴られたような衝撃を受け、彼女は言葉を失った。顔に手を当てて、必死で自分を落ち着かせようとした。
「…………21世紀の日本じゃないの……?」
 小声でつぶやいたはずだった。
「21世紀? ニホン? 何処のこと言ってるんだ」
 男はしっかりと彼女のつぶやきを聞いていた。
「500年も未来から来たってことなのか?」
 絵理奈は馬鹿馬鹿しいと思いつつもうなずいた。
「……じゃああなたは、これを見たら驚きますか?」
 そう言って、彼女はカバンを探して中からスマートフォンを差し出した。
「それはなんだ?」
「……スマートフォンと聞いてもわかりませんか?」
 絵理奈はなるべく男と目を合わせないようにした。
「スマ……? 知らんな」
 絵理奈は画面を開いて動かして見せる。するとさっきまで冷静沈着だった男が後ずさりし始めた。
「な、なんなんだこれは! 魔術の領域でも見たことないぞ!」
「これは魔術なんて使ってないです。物理的作用だけで動いてるんです。16世紀の技術では到底及びません。21世紀だからこそのものです」
 男の驚きようを見て、あれはどうも本気で驚いているのだろうと思うと、ここが本当に過去の世界のように感じられた。
「これでやっと、あなたも私も私が未来人だと納得できましたね。私は500年後の極東の国から来たみたいです。ごく普通の学生だったのに、ここではわけのわからない不審者でしかないようです」
 男は絵理奈を奇妙なものでも見るような様子で見ていた。顔が見えなくても、気配でわかる。
「……私が言っても仕方ないだろうが、その格好で学生とは思えないな。そんなちゃらちゃらしていて、誰も気に留めないのか?」
「そうですねぇ、500年前の常識で言っても意味ないでしょうねぇ」
 絵理奈はさらっと交わした。もうスマートフォンの件で納得してもらえたと思っていた。
「…………。未来人が何しに来た?」
「だから来たくて来たんじゃないんですよ。できれば今すぐにでも21世紀に帰りたいです!」
 彼女は敢えてきつく言った。本当に怪しい奴ならこんな言い方はできないと思ったからだ。
「そういうあなたは何者なんですか? 『疑いをかけた相手には何かしら処置を施す』とか言いながら、衛兵に追いかけられまくってたじゃないですか」
「お前に話す筋合いはない」
絵理奈に聞かれてきっぱりと答えた。
「え?」
 彼女は残念そうに低く聞いた。
「少なくともお前は私に囚われているんだ。捕えている奴が自分の身の上を話すと思うか?」
「………………」
 素直に「そうですね」とも「少しくらい」と抵抗するのも面倒くさかった。
「お前と話すときりがない。もう夜も遅い。そこで寝とくんだな」
「いやです! 寝れません!」
 絵理奈は拒絶する態度をとった。
「……まぁ寝たくないなら無理して寝なくてもいい。だがな、お前は此処からは決して解放されないことを忘れるなよ」
「………………」
(胡散臭い男目の前にいったい誰が寝れるっつーの。こっちは若い女だし、変なことされてもおかしくないんだから!)
絵理奈は心の中で叫んでいた。このまま、永遠に夜が明けないような気さえしていた。

                                 

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