Yukiyanagiな日々

趣味で創作活動しています。野生動物、北方狩猟民大好き。創作活動の報告や、日々思うことを綴ります。

第二部 秘めたるもの 2

        更に加工(mini)6

                    第2章 垣間見えるもの

 もう「16世紀」に来てしまってから5日は経つ。しかし絵理奈には1ヶ月以上いるような気がしていた。
 人間不思議なもので、慣れないところで生活すると一日がとても長く感じ、慣れると一日はあっという間に過ぎ去ってしまう。絵理奈も今慣れない空間での生活を余儀なくされ、長い長い時間を過ごしていた。
 スマートフォンは使う意味がないので使わずに放っておいた。当然送受信はできない。おかげで、いつも1日で電池を使い切ってしまうところを5日経ってもまだ半分以上はあった。
 彼女にはまた、大きな不安がのしかかっていた。いつまでここにいなくてはならないのか、家族や友人との連絡が取れず心配しているのではないか、授業に支障がきたされてしまうのではないか……。もろに考えると息が詰まるほど苦しくなるので、なるべく考えないようにしていたが、嫌でもそれは感じてしまうのだった。
 フードの男は毎晩必ず絵理奈のもとに帰ってきた。そのまま藁山に腰かけて寝てしまう日もあるし、何かを置いていく、もしくは取りに来てまた行ってしまうこともあった。ただひとつ必ずしていたことは、絵理奈のベッドの傍らに蝋燭を置いてくれたことだ。ベッドの横に丸くて小さなテーブルがあり、そこに彼がおいてくれるのだ。それはまるで、彼が帰ってくるまで真っ暗で過ごしている絵理奈を気遣うようだった。しかし、彼は一切彼女と目を合わせないので礼を言おうにも言えなかった。


 そんなある日、絵理奈は町を歩いて見知らぬ通りに出てしまった。
「あれ? ここどこ? えぇっと地図は……」
 カバンから地図を出したその時、地図は絵理奈の手をするりと離れ、風に舞ってしまった。
「あぁ、待って!!」
 運悪くこの日は風が強いのか、地図は風に流されてますます高く舞い上がり、勢い良く飛んでいく。
 風がやみ、地図は見慣れない野原の上にふわりと落ちた。彼女はぜいぜい息を切らしながら駆け寄り、やっとの思いで拾い上げた。
「えぇ……?」
 そこは見渡す限り人気のない小高い丘だった。遠くに街が見えるが、戻っても来たことのある場所ではないだろう。事実、街に来ても全然知らない通りだった。
 地図を見ても一致する場所がない。どうやら彼女は、迷子になってしまったようだ。
 人に道を聞こうにも、特定できるような名称を知らないし、特徴的な建物があるわけでもなかった。仕方なく、彼女は手探りでもと来た道を探すしかなかった。
 
 一体どれほど歩き続けたことだろう。日はすっかり落ち、晩課の鐘も鳴ってしまったことだろう。
 通りにはぽつぽつと街灯が付き始めるが、数は少なく、薄暗い道が多かった。まだ地図の範囲内には戻っていない。
 彼女は泣きそうになっていた。でも、泣いてしまうともっと悲しくなるし、泣いている余裕などなかった。だから、下唇を噛み締めながら歩くしかなかった。
 すっかり疲れてしまい、絵理奈は人通りのない広場のベンチに腰掛けた。見上げても、月や星は見えない。黒い空に灰色の雲がかかっている。
 そのとき、遠くから足音が聞こえてきた。その音はだんだん自分に迫ってくる。
「そこにいたのか」
 低い男の声がした。声のした方を向くと、修道士のような格好をした男が、灯りを携えて立っていた。
「探したんだぞ。あそこにいなかったから」
 聞き覚えのある声だった。
「あ……あなたは……」
 あのフードの男だったのだ。もちろん、今目の前でもフードはかぶっているのだが。
「こんな時間までそこで何してた? しかもここは地図に載ってない範囲だぞ」
 絵理奈はうつむき、自分の手元を見ながら今日の出来事を手短に伝えた。
 話を聞いた男は大きなため息をついた。
「うっかりしてるな、まったく。……まぁいい。とにかく来い」
 絵理奈はゆっくり立ち上がり男のところに寄った。すると彼は黒いマントで彼女を包み込み、灯りで前方を照らしながらゆっくり歩き始めた。
「……すみません、ホントに」
 彼女はさらなる申し訳なさを感じてきた。
「もういい。今度から気をつけろ」
 男は前をむいたまま、小声で答えた。

 牢獄に戻ってきたところで、彼は絵理奈を残してまた出かけようとした。
 その気ぜわしない様子に絵理奈は思わず、「忙しいんですね」と言ってしまった。
「まぁな」
 男は意外にもうるさがる様子もなく返答した。この態度が、妙に絵理奈に親近感を抱かせたのか、彼女はさらに声をかけてみた。
「あの……」
 少し声が震えた。
「ん?」
 男は少し振り返った。
「あの、私のためにいつもいろいろありがとうございます。地図書いてくれたり、お金や服貸してくれたり、灯り置いてくれたり……ホントいろいろ……」
「何を言ってるんだ。お前は私の捕虜みたいなものなんだぞ。一人の人間を預かっている以上、何もしないわけにはいかないだろう」
 やっぱりいつものようなそっけない態度になってしまった。でも彼女は、それでまた彼を感じ悪いとは思わなかった。
「でも……あたしには嬉しかったんです……未知の場所で、どこでどう過ごせばいいのかも分からなくて……帰り方もわからないまま……気を遣ってくれる人がいてくれることが、ホントに、嬉しかったんですよ。今日だって、あなたが必死に私を探して見つけてくれて、正直言って、すごく嬉しかったんです。心の底から感謝してます!」
 そう言うと、彼女の目から大粒の涙が溢れてきた。今まで溜まっていたものが、涙とともに吹き出してくるようだった。
 すると、男は絵理奈に向き合って、ベッドに腰掛ける絵理奈の前に膝をつき、彼女の顔にそっと手を触れた。その手はとても暖かく、彼の顔もいつも以上に近かった。
「……淋しかったのか」
 何気ない声かもしれないが、それがどれほど彼女の心に響いたことだろう。彼女は、彼に秘められた温かみを感じた。今この瞬間、彼女には彼が善人以外の何者でもないようにしか思えなかった。
 こんなに優しくてあったかいのに、なぜフードで顔を隠すの? と絵理奈には不可解だった。今この場で彼の顔を見たいと思ったが、できなかった。
「……またすぐに戻ってくる」
 彼はボソリと言うと、ゆっくり立ち上がって牢屋を出て行った。


 絵理奈は残されても、淋しくはなかった。その気持ちは、今日はとても強かった。また、彼が武器を持った怪しい人物だとしても、悪い乱暴な人ではないと信じた。彼女からしてみれば、彼はあの武器を脅しとして持っているようにしか思えなかった。



 その頃、フードの男――――すなわちアサシンの男は、壁の出っ張りを伝って建物をよじ登っていた。比較的低い建物を超えながら進んでいくと、人気のない通りに、張り紙があるのを見つけた。
 彼はそっと地上におりて、その張り紙をしばしじっと見つめると、乱暴にはがした。そして、その紙をビリビリに引き裂き、そのへんに放り出した。
「……面倒なことになったな」
 そうつぶやいたとき、彼の少し先に、せっせと張り紙を貼っていく人物がいた。格好からしてどうやら役人のようである。
 アサシンはその人物の後ろからそっと忍び寄り、例のごとく左の手首から鋭い刃物を突き出し、すぐ後ろまで迫った時に抱え込んで突き刺した。
 張り紙をしていた役人は声を上げることもなく倒れる。アサシンはその体を狭い路地へと運び、貼られた紙は片っ端からはがし、残った紙と共に橋へ持って行って川へ投げ捨てた。



 翌朝絵理奈がベッドから起きると、フードの男がいつもの定位置でいつものように腕を組んで寝ていた。格好は昨夜の修道士のような格好のままだった。
 しかし、昨夜からだろうか、妙に今日は薄汚れているというか、傷だらけだった。黒地に白っぽい汚れや傷が無数にある。
「おはようございます」
 男に接近し、絵理奈は穏やかな声で挨拶した。彼は鈍く唸るような声を出して目をこすった。
「あ? 起きたのか」
「はい」
「どうかしたのか?」
 少し疲れたような脱力した声だった。
「いえ、ただ、どうかしたのかなって」
 やや戸惑って男から目線を離した。
「んん?」
「なんか、すごく汚れてるし傷が多いし、何かあったのかと……」
「お前が気にすることじゃない」
 彼はあくまで話そうとしないようだ。しかし前のようにうるさそうではなかった。
「そうですけど……、そんな状態じゃあ、気にするのは人としての当然の感覚ですよ」
「だが事実関係はないんだ。お前に話してどうにかなるものじゃない」
 彼は軽く顔を背けた。照れているのか、本当に知られたくないのか、それは絵理奈にはわからない。
「無理はしないでくださいね」
「あん?」
 再びこちらを向いた。
「あの、私、あなたのこと、最初はたくさん疑ってたけど、今はそうでもないんです。あなたが誰かのために、無理に自分を傷つけるようなことをしてる気がして……。もしそうなら、悲しいなって」
「余計なお世話だ」
 彼は跳ね除けるように言い返してきた。
「それはお前の勝手な想像だ。お前が私を疑っていたのなら、むしろそのままのほうがよかった。無駄に親近感抱かれるのはごめんだ」
 せっかく近い存在になりかけたはずなのに、かつてのようなそっけない無愛想な喋り方にもどってしまった。
 絵理奈はむっとすると同時に、男が、何が何でも自分のことを話したくないかのように思えた。
「あの、どうしてそんなに自分のこと隠すんですか? それに、なにもそこまで突き放すような態度でなくたっていいでしょう……?」
 最後のあたりで声が収縮してしまった。
「……忘れたのか? お前は私の捕虜なんだぞ。しかも、お前は『21世紀』とかいう妙なところから突然現れた。もとの場所に帰れたとしてもそこで何をするかはわからん。お前は私に対して正直に接しているつもりかもしれんが、私には信じきれない。だから話さないまでだ」
 絵理奈は呆れたように男から身を引いた。絵理奈からしてみれば、今まで親切にしてくれた人には親しくなりたいし、お礼をしたいのだ。彼女にとっては、もはや彼は「不審者」ではなかった。
 彼女が納得いかない様子に気づいたのか、男は絵理奈に向き直った。
「気が済まないようだな。なら私の正直なことを言おう。お前はな、実は私の『敵』側の属性だからだ」
「……え?」
 今の発言にピンと来なかった。
「わからないのか、本当なら私がお前のような輩とこんな親密に関わるってことは有り得ないんだぞ」
「……どうして?」
 わかるはずなのに聞いてしまった。
「だから『敵』と同じ属性だからじゃないか」
 いつもなら彼は何か言って顔を背けてしまうところだが、今は違った。V字型のフード越しに絵理奈をじっと見つめている。睨んでいるようにさえ感じられた。
「でも……ゆうべ……」
 この男がどういう存在かは知らないが、それにしても、夕べの彼のあの優しさは忘れられなかった。彼女の頬に触れた時の手の温かみ、「淋しかったのか」と言った穏やかな声、フードの下から感じられた彼の慈悲の様子、それが嘘とは思えないのだ。
「私はまた出かける。昨日のように迷子になるんじゃないぞ」
 固まったままの絵理奈を残して、そそくさと男は牢屋を出た。


 午後の昼下がり、(地図範囲内の)広場のベンチで絵理奈はずっと考えていた。
(「敵」って何? あの人の敵ってなんなんだろう? やっぱりあの武器で戦ってるのかな? そういえば初めてあった日に衛兵に追われてたけど、あれがまさか敵? うーん、そうなるとやっぱり犯罪者なのかなぁ? でも、あれだけ優しくしてもらってると悪い人な気がしないよ。どうなってるんだろう……)
 長いこと座り続けたのだろうか、だんだん尻が痛くなってきた。彼女は気分転換のためにも街中をぶらりと歩こうと思った。
 人の多い通りを歩いていると、レンガの壁に張り紙を見つけた。
 張り紙なんてこれまでもよく見てきたのだが、彼女は妙なものを感じて接近した。
 するとそこには、あのフードの男そっくりの人物が描かれているではないか。しかも紙の上部に「ASSASSIN」と書かれている。英語の「暗殺者」と同じスペルだ。
(え……うそ。これフランス語でも同じ意味? あの人、人殺しってこと……?)
 声は出せずとも、彼女は恐怖のあまり口に手を当てて後ずさりした。
 そのときである。
「逃すな! 奴は屋根の上を伝っている! 向こうへ先回りして追い込むぞ!」
 衛兵たちが数人通りを走っていく。重装備した者も何人かいた。
「あれ……まさか……」
 嫌な予感がした。だが、気になってしまい、衛兵の駆けて行ったところを追った。
 向こうから武器が交わると思われる金属音が響いてくる。建物の陰からこっそり覗くと、さっきの兵らが一人の敵相手に戦っていた。
 彼らの間から見えた緑色の服の裾――――彼だった!
 長い剣を片手に防御体制で構えている。一人の兵が武器を振り上げると、その隙をついて剣で兵の腹を突き刺した。「ぐぁ!」と兵が鈍い悲鳴をあげて倒れる。すかさずほかの兵も襲いかかるが、彼は見事なまでに攻撃を交わし、隙をついて攻撃する。絵理奈は生きた心地がしなかった。一番不可解だったのが、手首から刃物を突き出し、敵の腹や胸に突き刺すというものだった。どうやって飛び出しているのかわからないし、腕にあんな凶器が潜んでいたことを知らなかったことが何より恐怖だった。
 男は残されたたった一人の兵相手に、血にまみれた剣を向ける。兵は恐れおののいて腰が抜けてしまうが、男もまた剣を素早くしまって姿を消してしまった。
 人が死ぬところを、本物の武器で人が戦う様子を、絵理奈は生まれて初めて見てしまった。免疫のない彼女には大きなショックだった。悲鳴もあげられず、走ることもできず、ただとぼとぼともと来た道を戻ることしかできなかった。





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