Yukiyanagiな日々

趣味で創作活動しています。野生動物、北方狩猟民大好き。創作活動の報告や、日々思うことを綴ります。

第二部 秘めたるもの 3

        更に加工(mini)7

                     第3章 アサシンと知って

 彼がアサシンだと分かってしまった以上、もう今までのように彼に振舞うことはできない。ましてや今朝のようになどもってのほかだ。だからといって、いかにも普段と違う態度を取れば、あの男のことだからすぐに彼女のことに気づき、ひょっとしたら殺されてしまうかもしれない。ずっと黙っていたのは、アサシンだということを知られたくなかったからなのだ。彼女はそう確信した。
 戻るのは明らかに嫌だったが、昨日迷子になってまた迷子というのもおかしいだろうと思い、心臓が破裂するような思いで牢屋に帰った。
 その夜、挽課の次の鐘、終課の鐘が鳴る頃に男は戻ってきた。絵理奈が彼の正体を知ってしまったとは気付かないのか、いつものようにテーブルにろうそくを置いた。いつもと変わりない置き方なのは音を聞いてわかる。
 彼女は藁のベッドに横たわり、壁側を向いていた。この時間に彼女が寝てしまうのも珍しくない。ただ彼女は、このことが男にばれないように、翌朝にはいなくなっているかまた今ここを去ってくれることを切実に願った。
「寝たふりしてるんだろ」
 彼女はどきっとした。さっきろうそくを置いたとき察知したのだろう。しかしその声は、咎めるような声ではなく、低く落ち着いている。
「わかってるさ、今日見たんだろう」
 絵理奈がいたことさえ気づいている!
「隠しきれないとは思っていた。私がこの街を騒がず悪名高いアサシンである以上、いつかお前にも知られてしまうだろうとはわかっていた」
 その声はどこか悲しげだった。強気な彼にしては珍しい。
 絵理奈は激しい鼓動を感じつつも起き上がり、彼を見た。彼も絵理奈のほうを向いている。彼の肩はいつもより下がっていた。
「……なら伺ってもいいですか?」
「……なんだ?」
「どうして、アサシンになったんです?」
「何故それを聞く?」
 より一層、低く悲しげになった。
「それはあなたが一番よく知っているのでは? 私はあなたを信じてたんですよ」
「ならお前だってわかるだろう。私が話すわけないと」
「………………」
「だが私がお前に対する態度は別に変わらない。お前には敵側の属性だとは言ったが、攻撃する理由がないからしない。――――だから命が惜しいなら、私の事根掘り葉掘り聞くんじゃない」
 さっきと声のトーンは変わらないが、どこか威圧感があった。


 その後、絵理奈はずっと外出もせずに牢屋で過ごしていた。ある時は、鉄格子の外を眺めたり、読みかけの本を読んだり、久々にスマートフォンを出してアプリをやってみたりしていたが、心はずっとアサシンのことだった。
(あんな親切な人が、どうして、人を殺す道を選んだの? あの人の敵は一見衛兵とか私とか、普通の人みたいだけど、何か違うの? じゃあ、あの人の「味方」って何? 普通にしか見えない人が敵なんて、あの人の味方はどういう人たちなんだろう)
 そうこう考えているうちに、絵理奈は、禁忌を犯すようなことが頭に浮かんでいた。



 翌日の夜、絵理奈は真夜中に目覚めた。目が覚めた途端に、これまで以上に胸が高鳴りした。それでも、ゆっくりと起き上がることしかできなかった。
 アサシンはいつもの場所で寝ている。深く頭が垂れ、本当に眠っているようだ。鉄格子の窓から差す月明かりが、今日は妙に明るかった。
 絵理奈は細心の注意を払いながらベッドから降り、物音ひとつ立てずに近寄った。
 今まで接近した途端に気づかれてしまったのだが、今日はすぐ目の前に迫っても彼は目を覚まさなかった。それはリズム良く繰り返される寝息を聞いてわかった。
 彼女の心臓は本当に破裂してしまいそうなくらい激しく鼓動する。そして体も小刻みに動いているのがわかった。彼女は震える手をそっと男の頭部へ運ぶと、深くかぶったフードをさっと取った。
「……? どういうこと?」
 彼の耳は細長く尖っており、毛に覆われていた。頬も毛深く、耳の下のあたりが特に毛深い。まるでオオカミのような、そう、なんとトランス型だったのだ!
 目は釣り上がり、鷲鼻でまるで猛禽類のような顔つきだったが、彼に秘められた何かたくましさのようなものを彼女は感じ取った。
 実は彼女は、彼のことが彼女自身もびっくりするぐらいとても気になっており、聞けないなら探るしかないと、この日を待ち望んでいたのだ。
 けれど彼女には不思議だった。確か、16世紀ではまだトランス型とツール型は別の文化圏であり、トランス型がツール型の文明に関与することはなかったはずである。正体を知ったはずが、さらなる疑問を抱いてしまった。
 彼の顔を見たはいいが、このあとが厄介だ。再びフードをかぶせて自分も何事もなかったかのように寝なければならない。しかし再びフードをかぶせるには彼の両耳のすぐ脇に手をかけなければならない。毛が生えているものの、大きくて尖った耳はわずかな物音も聞き取ってしまいそうだ。
 どう手をかけようか悩んでいるうちに、彼がうなり始めた。目元がぴくぴくっと動き始める。そのまま、彼は目を開けてしまった。
「……あん? どうした?」
 翡翠の色の猫のような目が、絵理奈を見つめた。しかし、その目はすぐに頭上に移動した。
「なぜ視界が広いんだ? ない……ない! フードがない! 何故だ?! まさか……お前……」
 どうりで目の前でこわばった顔をしていたものだと、彼は憎悪の表情を見せた。牙を剥き、目を釣り上げ、耳が後ろをむいて倒れた。彼女を壁に追い詰め、片手を壁についてもう片方の手首から例の凶器を突きつけた。
「命が惜しくば探るなと言っただろう! 何故こんな真似をしたんだ!」
 激しく息切れしながら問い詰める。猫のような瞳は絵理奈を睨みつけている。
「ごめんなさい、ごめんなさい! 私はただ、あなたのこと知りたくて……」
 泣きそうな顔で絵理奈は懇願する。だが、どこか無意味にさえ感じられた。
「知りたければどんなことでもするんだな! 『獣人』だとお前に知られて、今後どうやって普通に暮らせると思う? 正体を知った奴は生かしてはおけん!」
「本当にごめんなさい! あなたがその姿でも、あたしは全然気になりません! ホントです!」
 だが彼の突きつけた刃は、引くどころかむしろ近くなった。あとほんの身震いしただけでも刺さってしまうだろう。刃物が喉に当たりかかっているのがわかる。
「見え透いた嘘をつくな! お前らにとって、私みたいな『獣人』たちは『悪魔の使者』だの『地獄の住人』だのというような化け物にしか見えない! 気にならないはずがないじゃないか!! 此処に『獣人』がいると知られる前に、お前を始末する!」
 だが、刃先は震えて動かない。彼も激しく息切れするばかりだ。やがて、彼はさっと刃を引っ込め、深くため息をついて藁山に身を投げ出すように座り込んだ。耳はひどく垂れ下がっている。
「お前が私の敵の属性だと言ったことはこういうことだ。お前は『真人間』で私は『獣人』なんだ。互いに憎しみ合い、決して共存することなどできやしない。違う人間同士だと分かった以上、もう一緒には住めないんだよ」
 絶望したような声だった。
「どうして、そう言い切れるんです?」
すると彼は上目づかいで睨んだ。
「チッ! わかりきったことを! お前の住んでた『21世紀』だってそうだろう!」
 再び牙を剥き、威嚇する。
「いいえ」
 絵理奈は急に冷静になった。
「あぁ?」
 オオカミ系のアサシンは牙を剥いたまま口を開き、いかにも噛み付いてきそうだった。
「21世紀では『獣人』も『真人間』も平等に同じ環境で暮らしています。あ! まさか!」
絵理奈は、先日見た教科書のコラムに書かれていたのは、このアサシンのことではないかと思った。
「嘘だ! 『獣人』と『真人間』は、もう何百年、何千年も前から対立しているんだ! お互い似ているのに全く違う性質の人類同士、仲良くやっていくことなんてできやしない! おまけに『真人間』どもは、私たちをさっき言ったように『悪魔の手先』とみなし、集落を襲っては虐殺するんだ! そんな連中と、どうして我々が共に生きていくことが出来るんだ! たった500年の間に、何が起こせるっていうんだ!」
彼の表情は怒りと悲しみに満ちている。その目は鋭い目つきになっているものの、それは正義の怒りによるものなのはわかった。
「…………」
「……お前は、『見ても気にならない』と言ったな。それは、恐ろしくない、ということか……?」
「『獣人』としてのあなたなら」
 絵理奈は彼をまっすぐ見つめながら毅然として答えた。
「この最も恐ろしいとされる『狼族』の一人であってもか? 私のこの姿は、狼的なそれなんだぞ」
「別に平気です。ツー……、『真人間』が考える悪魔の姿のように、背中に蝙蝠の羽が生えてたって怖くないですよ。――――むしろ怖いのは、憎しみ合って、殺し合うことです。私が住む21世紀では、これ以上戦いや憎しみが起こらないように、『獣人』も『真人間』もお互いを理解し、共生していく道を共に選びました。16世紀はまだ、その途中なんですよ」
 彼は怪訝な表情だった。
「…………信じられん。そんな世界など想像もつかん」
 そう言って俯いた。絵理奈は四つん這いでアサシンに接近した。
「あなたがアサシンとして生きているのはこの現状が原因なんですか? だったら教えてください! ここ16世紀に起こっていることを!」
 彼と向き合うも、今度は真剣な眼差しだった。
「……知ってどうする?」
 目だけ絵理奈を見た。
「未来に戻ったとき、忘れてはならない過去として、私が伝えていきます! 教えてください!」
 彼は鼻で笑った。
「どうやって帰るだかも知らんのに、『戻ったとき』なんて言えるのか? まあいい。お前が謙虚に『獣人』の話を聞く気があるなら話してやってもいいだろう。お前たち『真人間』どもの醜さを教えてやる」




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