Yukiyanagiな日々

趣味で創作活動しています。野生動物、北方狩猟民大好き。創作活動の報告や、日々思うことを綴ります。

好きになったものほど安心して鑑賞できないというジレンマ

先週のネタの続きみたいになるんですけど、私って、好きになったものほど違う価値観で表現してるものが許せなくなるっていう性分なんですよ。記憶にあるだけでも12歳ごろから。

オオカミさんに興味を持つ前からいろいろハマったり好きになったりしたもの、またこうじゃないのと強く思うものは多々有りましたが、その度にそれに関連する作品を見つけると気になりつつも、怖くてなかなか手が出せなくなるという事態になっていました。

絵とかグッズとかデザインとか、視覚的なものはある程度受け入れられるんです。小説とかマンガとか映画とか、ストーリーを帯びたものに対して許容範囲が狭くなるんです(^^;)
なんか些細なことでもね、「それは違うんじゃね? 私はそうは思わない」って思った途端、もう感動できなくなるというか、気持ちがシャットアウトしちゃうんですよね。

なぜこんなことになるのかというと、好きなものや興味のあるものが出てくる作品であればあるほど、無意識のうちに私の要求レベルが高くなり、結果としてその要求が満たされなかったときの失望感が大きくなるからです。だから手軽に手を出せなくなるし、期待外れだと思った途端拒絶反応が起こるんですよ……。
そのため興味の対象物が登場しないものか、目が覚めるほどの名作か、パロディやネタとして使えると思ったものか、コメディか、あるいはドキュメンタリー(公平な立場から作ったもの)じゃないと受け入れられないんですね、現状。


悪く言えば頑固なんです。私はこの頑固さが実はひそかに劣等感になっていて、長年それを受け入れられないでいました。それは、頑固者が作った作品なんて誰も感動させられやしないんじゃないかという気がしているからなんです。
でも、実際のところどうなんでしょうか。クリエイターというのは皆「私はこう思う、こういうのが好き」とこだわる気持ちが人一倍強いから、発信したいと思うのではないでしょうか?


でも気になるのに手が出せなくて、いつまでも細かいことにこだわって二の足踏んでる生き方は正直不自由です。だからもう自分はこういう性格なんだと受け入れるしかありません。受け入れて初めて、どう対処すればいいのかわかるだろうし、「私はこういう者ですが何か?」と開き直った方が劣等感も抱かなくて済みます。

ですのでこんな私の作った作品でも好きだ!と思ってくれる方は、私の最高の理解者として感謝いたします(笑)

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