Yukiyanagiな日々

趣味で創作活動しています。野生動物、北方狩猟民大好き。創作活動の報告や、日々思うことを綴ります。

「黒天白悪」第1章

        「黒天白悪」ブログタイトル文字2

    過去との別離

「ギャ――――っ!!」
とある満月の夜、暗がりから一人の少年が飛び出してきた。ぼろい麻布のマントを羽織ったその少年は、悲鳴に導かれて町に現れた人々から逃げていた。
「出たぞ! またあの悪魔少年だ!」
 人々は大きな懐中電灯を照らし、首に十字架やニンニクをぶら下げている。
「また人が襲われた……これで10人目だ……」
町を見下ろしている人の一人が絶望的につぶやいた。
「二十一世紀世の中とはいえ……やっぱりあいつは我々の敵だ!!」
「被害者が出てるんだ、当たり前だ!」
もう一人の人物はこぶしを握っている。
「噛み傷を跡形なく消して証拠を消すなんて、なんて性質の悪い化け物なんだ……」
 少年は息を切らして全速力で街を駆け抜けていた。
 どこまで走っても街の明かりが見え、彼は焦っていた。
 だがやがて彼は、前方に真っ暗な森があるのを見つけた。
 ――――見えた! 母さんの森だ!
 彼は安堵の表情を浮かべた。やっと逃げられると思ったその矢先……。
「逃げられるとでも思ってるのかよ、小僧」
 前方に大柄な男が立ちはだかった。
 男は少年の胸ぐらをつかんで軽々と持ち上げた。
 のどにギラリと光る刃物を突きつけ、罵った。
「逃がすものか、この吸血野郎! 貴様の喉をこれで切り裂いてやる!」
 ザシュッ!
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 少年は悲鳴を上げた。目の前が、真っ白になった。


「あぁ!!」
 悪夢から目覚めて飛び起きると、そこはいつもの自分の部屋。遮光カーテンの下から日光が差し込んでいる。
 青年はカーテンを素早く開けた。眩しい朝日とともに、見慣れた街並みが見えた。
 ハァ~と彼は大きくため息をつき、顔に手を当てた。
 透き通るような白い肌が日光を反射させる。
「…………またか……あの夢」
 彼は眉間に深いしわを寄せた。
 ――――青年の名はルイス・アルノフ。夢の中の姿とは打って変わってすらりと伸びた身長、男らしさを見せるたくましい体つきから、おそらく20代前半と思われる。
 先ほどの夢は彼が十二歳だった時の過去である。
 彼は実は吸血鬼だったのだ。
 しかし、なぜ自分が吸血鬼になってしまったかわからないし、それ以前の記憶も、自分の本当の(・・・)家族の存在も、知らない。
 あのころは定期的に人里に姿を現して人から血を得ていたのだが、最近になってからは血を得ることは全くなくなった。そして、昔は森に住んでいたのだが、今はそうではない。
 ここはイングランドのC都市にある小さなアパートの一室。
 この建物を含めて、この街にはやれ築五〇〇年だの六〇〇年だの長い歴史をもつ建物ばかりが建っている。
彼の住んでいるアパートも決して新しくはない。しかし部屋の中はその面影を見せず、白い壁紙に現代的な照明、家具が置かれている。彼の部屋には、もう一つ意外なところがあるのだが、これはおそらくこの部屋だけだろう。
 ひょっこり、彼のベッドに小さなかわいらしい動物が二匹、登ってきた。どちらもイタチ科と思われる。
こげ茶色と白の毛皮に、ピンクの鼻。二匹はフンフンと鼻を動かして彼の様子をうかがっている。
 不意に顔を上げ、ルイスの顔を見つめた。丸くて大きな、つぶらな瞳がなんとも愛らしい。
 この動物たちは、ルイスが住んでいた森からやってきた。二匹は彼のことを昔から好いており、彼が森を離れるときに付いて来たのだった。
 彼はその可愛さに思わず笑顔を見せる。あまりはっきりを歯を見せているわけではないのだが、薄桃色の唇の下から、やや湾曲した牙が見える。
「大丈夫だ」
 彼は低く穏やかな声で言い、二匹の頭を優しく撫でてやった。
「それよりお腹すいてるだろ、ちょっと待ってて」
 彼は下着一枚のままベッドから降り、彼らのエサを用意した。
 銀色の器にエサを盛って運んでくると、さすがは動物、喜んで近づいてきた。
 二匹がガツガツ食べている傍ら、ルイスはトーストを食べていた。
 ざっとシャワーを浴び、着替え、靴ひもを結んで大きなショルダーバッグを提げると、ドアノブに手をかけて動物の同居人たちに「行ってくる」と言った。すると二匹は見送りをするかのように玄関に来た。
「外へ行きたくなったら、いつでも此処の出入り口使えばいいからな」
 と言って彼が指し示したのは、ドアノブの下で渦巻く謎の円。どうやら、動物たち専用の出入り口のようである。
 部屋を出てまず彼が目を向けるのは郵便受け。差し込まれている新聞を引き出し、抱えた。
 共同の階段を駆け下り、共同のドアを開けて彼は外へ出た。
 行き交う人々に目もくれず、彼はたった一つの目的地の方だけを向いて速足で歩いていった。
 彼が向かった先はまるで中世の古城を思わせる巨大な建物。しかしそこには、彼と同世代の若者たちも次々と集まってくる。
 門の脇にはおびただしい数の自転車。ここへ日常的に通う人が多いことを伺わせる。
 レンガ造りの門をくぐる若者たちの中には、やけに急いだように小走りで通っていく人たちもいる。
「ねぇ、今日2時間目休講だっけ?」
「あっそうだ、今度のレポートのための本貸してよ」
「あのさぁ、生態学の総生産量ってなんだっけ?」
 授業や学問を思わせる会話が飛び交っている。
 そう、実は此処は大学なのである。しかもC大学という理系分野の名門中の名門校。その中でもルイスが向かったのはこの大学のSカレッジ。ここは工学部のカレッジである。
 日本で多数の学部を持つ大学というと、一つの広いキャンパスの中にすべての学部が集中し、学部ごとに違う建物が建っていることが一般的だが、イギリス、とくに彼が通うC大学の場合、学部や分野によってそれぞれ独立した小さな大学(カレッジ)が存在し、それを全部ひっくるめて「~大学」と呼ばれるわけである。この大学には、およそ30のカレッジが存在し、ルイスが通うのはその一つである。しかもこのカレッジは毎回定期テストの平均点がいいのだという。
 吸血鬼が理系というのも妙な話であるが、彼は吸血鬼といえども別に日光は平気だし十字架も怖くない――――むしろよく十字架の描かれたTシャツを着ているし、ニンニクも苦手ではない。苦手なのはタマネギだった。切るときに涙が出る物が食べ物であることが信じられないらしい。
 しかし、この世で彼が一番恐れているのは人だった。彼自身、人里で暮らしているのはあくまで此処で学問を享受するためだけであり、人に慣れるためではないと思っている。人から血を得るのも、決して彼が望んでやっていることではなく、得なければ瀕死になるほどの苦しい禁断症状のようなものが表れるからだった。人から血を得ることで恐れられ、攻撃され、また彼自身誰かの体を傷つけなければ生きていけないことにとても辛さを感じていた。
 ところがそんな彼の気持ちをよそに、なぜか彼はよくここの女子学生に声を掛けられていた。
 彼は細面で器量が良く、どこか謎めいている雰囲気を醸し出しているため、女子学生の間で人気があったのだ。 彼は基本「金髪」という分類に入れられる髪色をしているが、ハニーブラウンに近い感じなので眉毛がくっきりし、整った顔立ちをさらに際立たせていた。また彼のまっすぐな髪は真ん中分けでセミロング。長い前髪がよく顔にかかっているため、堀の深い目元がちらちらと見えていた。それもまた、彼の謎めいた様子を強調させている。
「おはよ、ルイス君」
 今日もまた誰かに声をかけられた。その声に彼が答えるはずがない。
「無駄よ。アイツはお高いヤツなんだから、挨拶したって見下されるだけよ」
 誰かがそう言っていた。
 女子学生に人気があるとはいえ、彼が無愛想でつっけんどんであることを知っている人たちは彼を避けていた。 しかしこうであるほうが、ルイスにとって安心なのである。
 こんな彼であるが、唯一心を開いている人物がいた。
「おはよう、ルイス」
「あぁ、おはよう」
 彼が笑顔で答えた人物は、アルタシア・マゾフという名の同級生の青年。身長はルイスより若干低く、鼻が少し低くて目もくりっとした童顔なため、同い年には少し見えにくい。耳がリスのような獣耳なので、小動物的な風貌である。
 アルタシアはルイスの人としての唯一の理解者だ。
 子どものころから二人は仲が良く、ルイスが森で長年(本人いわく10年程だとか)住んでいたにもかかわらず、超難関私立大学に入れたのは、アルタシアのおかげであると言っても過言ではない。彼は授業を録音や録画して見せたり、直接勉強を教えてくれたりしたのだ。
 そして、ルイスが血を得なくても平気になったのは、彼と出会ってからである。二人が出会ったのはお互い12歳のとき。ルイスにとっては、夢で見たあの事件の数日後だった。人に捕まって命からがら逃げ出し、行き倒れになったところをアルタシアに発見されたのだ。
 アルタシアは以前から彼のことを知っていたが、特に恐れる様子もなく彼を助けてくれた。安全な場所へ避難させ、食べるものと水を与えた。
 助けられた当初、ルイスはアルタシアが自分の正体を知らないのではないかと思っていた。しかし、アルタシアが彼の正体を知っており、それでいて自分を助けてくれたことを知ると、彼は一気にアルタシアに心を開いた。今に比べてまだ疑り深くない時期だったため、二人は友達になれたのだ。
 しかし、アルタシアがルイスから血を吸われたことがないわけではない。伝説では吸血鬼に噛まれた者も吸血鬼と化してしまうと言われているが、ほかに噛まれて吸血鬼になった人がいないことを知っている彼は、ルイスが血を欲しがったときに快く血を提供した。
 またルイスは、人に噛み付くときは必ず手首だった。先ほども述べたが、彼が血を得るのは望んでやることではなく、生きるためである。だから伝説のように喉に噛み付くといったような大胆なことはできるわけがない。
それにしても、何故アルタシアはルイスを恐れないのだろうか。そのことを、当然ルイスは訊いた。彼はこう答えた。
「初めは怖いなと思ったよ。でもね、人を傷つけるのが好きな人がいるはずがない、僕はそう思った。君が血を吸うのも、決して好きでやってるんじゃないだろう? 僕はそう信じてるよ」
 この言葉が、どれほどルイスに安心感を与えたことだろう。実はこの言葉を聞いてから血を吸う回数は一気に減ったという。
 さて、話は現実に戻る。森を出ても家族のいない彼は生活費を稼ぐため、飲食店や雑貨店でアルバイトをしていた。生活の事情や、彼の学力で学費は免除されている。平日に稼げる額は僅かしかないため、夏休みや冬休みなどの大型連休で長時間働き、貯めている。しかしこれでも不足することがあるため、アルタシアも協力していた。そして、稼いだ分の半分かもしくはそれ以上をいつも、給料日の翌日にルイスに渡していた。森で暮らしていたときに一緒に遊んでくれたり勉強を教えてくれたりした上に、一緒にアルバイトをして稼いだ分を分けてくれる友人のことを、彼はいつも感謝していた。
 だがそんな彼の様子に、アルタシアはいつも照れた様子で「何言ってんだよ」と突っ込んでいた。
 その日の昼は、二人で一緒に昼食に行った。カレッジからそんなに遠くないファーストフード店である。森で暮らした経験が長いルイスは、大学に入りたてのころは人間社会で食べられているものがなかなか馴染まなかった。ずっと無塩、無糖生活だったため、人が食べるものというのはなぜこんなにしょっぱくて甘ったるいのだろうと、いつも渋い顔で訓練していた。今――――大学三年生となってからはほぼ普通の人と同じものが食べられるようになっ たが、真新しい食べ物やくどい味のするものには相変わらず消極的である。
 一緒に食事をするのは久しぶりである。仲がいいからと言って、受講する授業やゼミが同じわけではない。学科は同じ魔術工学科(魔法と科学技術を統合した新しい技術の概念や開発について習う)だが、必修科目以外の科目やゼミが多いため、一緒に受講することは決して多くない。そのため今日は、初めのうちはお互いが取っている授業の話をしていた。
 そのうち、アルタシアが思い出したように言いだした。
「そういえばそろそろ進路考えないと。ルイス、どうするの?」
 その質問に、ルイスはしばらく戸惑っていた。
「……まだ考えてない」
 まだ世の中のことを知らない彼である。また森に帰ろうかなあとも考えているが、「人間なんだから本来の人間らしい生活した方がいいよ」と前にアルタシアに言われたことや、せっかく森から離れて町での暮らしに慣れたのにという気持ちもあり、なんとも言えない状況である。
ただ最近は、あまり人と関わらない仕事に就くことかなぁと考えてもいるのだが……。
 アルタシアは某開発企業に就職しようと考えている。大学生になってからずっと働きたいと思っている会社だ。
「仕事に就くとね、会える時間も減っちゃうとは思うけど、ずっとやりたいと思ってる仕事なんだよ」
 しかしやはりルイスのことを心配しているアルタシアである。
「それは構わないよ。私のせいで君がやりたいこともやれなくなるようじゃこっちも辛いし」
 彼は親友の顔をじっと見つめながら言った。と、そう言った直後、大学卒業後のことがまだ全然見当もつかない彼は、薄味にしてもらったフライドポテトをくわえながら窓の外を眺めて不安になった。
 そんな不安をかき消したいかのように彼はこう切り出した。
「でもさ」と言いかけ、口の中に入れていたものを飲み込むと、アルタシアに向き直った。
「アルタシアと出会えたから考えられるんだよ」
 今のルイスの表情を他人が見たら、彼はゲイではないかと思ってしまうだろう。それほどまでに彼は親友を大事に思っていた。

「じゃあまたあとで」
 食事を済ませた二人は手を振った。
「あ、アルタシア」
 背を向けた彼をルイスが呼び止めた。
「なんだい?」
 軽く微笑むアルタシアに、ルイスは真剣な表情で言った。
「もし君の身に何かあったら、私が絶対に守る」
 しばらく沈黙が走ったが、その後アルタシアは吹き出した。
「はは、なんだよ『何か』って。『守る』とか大げさだな」
「うん、まあな。でも、こんな私だから……」
 言いかけて俯いた。するとアルタシアは近づいて肩に手を置いた。
「大丈夫だよ。君は悪い奴じゃない」
 手でポンポンと肩をたたき、慰めた。
「じゃあな。次の授業遅れるなよ」
「あぁ」
 二人は別々の方向へ向かった。
 だが今後、本当に大事件が起きてしまうとは、さすがのルイスも考えていなかった。

0 Comments

Add your comment