Yukiyanagiな日々

趣味で創作活動しています。野生動物、北方狩猟民大好き。創作活動の報告や、日々思うことを綴ります。

モチベーションや自信を保つためによくやってしまうこと

今回の記事はややカミングアウトっぽい内容です。軽く読み飛ばすぐらいの気持ちで眺めてくれていいです。(※異様に改行が多いです)


1~2週間に1度はやってることじゃないかなと思います。




それは、自分の過去の作品を見返すという行為です。



1年や2年じゃ大したことないんですよ。


5年もまだ軽いですね。



10年以内、ないし以上も前の作品を見返すことが割りと頻繁にあるんです。そう、私が10代のときの作品です。


20代の社会人が10代のガキのころの作品見返すとか、普通に考えて馬鹿げてるよね。



なんでそんなことするのか。タイトルにある通りモチベーションや自信を保つためですよ。


「あの頃はこんなに偉そうなこと書いてたけど、何にも知らなかった。知ろうという努力すらしてなかったな(笑)」
「何これ超ダサいんだけど。ウケるwww」
「やばいやばい、痛すぎなこれ。笑わすなよ(爆笑)」


↑こういう快感に浸りたくて、もう昔から作品を見返すってことはやってきてた。でも学生時代までは変化率が激しかった(と思っていた)から1年や2年以内でも十分面白がれたんですね。ところが社会人になってから時間経つのが早くなり、創作にかけられる時間も減ってくると、1年や2年そこらでは「ちょっとタッチが変わったかも」というレベルでしか変化を楽しめなくなってきたんです。
(※まあ学生時代だって、今見れば盛り上がるほど画力の変化はあったのかい?と思えるのだが)
その上、社会人になると平時が普通にしんどくなるから、作品にしんどいときの記憶までくっついてしまい、そういう意味でも楽しめなくなったんです。(特に2,3年前のとかすごく顕著。今はいくらかましになった気がするけど)


また、5~6年前から現在の創作スタイルに近づき、画力と知識以外そんなに変化はなく、あまり今とのギャップを激しく感じるということもないんです。


それが7年以上前になると、考えてることも表現内容も今とだいぶ違ってくるから「これが未来こんな私になるの? どういう変化よwww」といった感じで楽しくなるんです。


もうこの過去の自分と見比べて今の自分はましだと思いたい行為、もはやちょっと中毒かもしんない。



でもこれがね、逆効果にはたらくことがあるということを昨日知ったんです。




私ね、12年前、すなわち2005年に描いてた頃の絵が歴代作品の中で一番嫌いなんです。それ以外の年でも苦手意識のある作品群はあるんですが(2008年と2009年とか)、この年の作品群ほどダサさと痛さを兼ね備えたものはないんじゃないかと思います。
それ以前は普通にガキだったし、子どもらしいタッチや発想でまあまあ許せるんだけど、この時期は私思春期絶頂期で、背伸びしたいとかもっと奥深い系の何かを表現したいとかいろいろな思惑があり、それが如実に出ていてまあ無残にスベってカッコ悪い事態に陥ってるわけですよ。
それが一時の過去の産物だと思えりゃ、そんな現在に至るまで嫌ってないと思うんですが、あの頃の描き方が、私に内在するダサさとか痛さの根本なんじゃないかと思えて仕方がないんです。


私がカッコよくておしゃれな絵やデザイン、そして音楽に激しく惹かれ(特に海外の作品とか)、その代わりものすごく時代遅れでダサいものに人一倍嫌悪感を覚えるのは、自分に内在するカッコ悪さを払拭したいという気持ちがものすごく強いからなんです。


だから、その私に眠るダサさが前面に出ちゃってる2005年ごろの作品を見返すと、「今の私は勝った」という気持ちになるどころか、「あぁ、私って、そもそもここからスタートしちゃったんだよね」と感じてしまうんです。その結果何を表現しても「なんかダサいんじゃないか」という自信喪失につながり、モチベーションさえ下がる事態になってしまいました。


ということを昨日うっかり見返して思い知らされたというところです。




じゃあ実際どんな絵柄なんだと。百聞は一見に如かずということで見せてみろよって話になると思います。




実物はこれです↓(ある自作漫画の見出し絵) これを見てどう思うかは皆さんにお任せすることにします。まあ私は直視も困難なくらいダサくてみっともない絵だと思ってますがね。


2005ねん


※此処にアップするときも極力見ないようにしてきたんです。逆さまにして写メ撮って補正して、トリミングとリサイズが済んでから画像の向きを直し、そしてあまり絵の内容を見ないようにしながらアップしたんです。

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