Yukiyanagiな日々

趣味で創作活動しています。野生動物、北方狩猟民大好き。創作活動の報告や、日々思うことを綴ります。

「黒天白悪」第2章

        「黒天白悪」ブログタイトル文字3

    癒えぬ傷

 ひとりの男が、暗い部屋の中でパソコンの画面を睨み付けていた。
 映っているのは何処かの地図。
「このまま逃げ切れると思ってるのか……レオナルド」
 そこへ彼の部下らしき人物が入ってきた。
「準備が完了しました」
「あぁ、ご苦労だった。ありがとう」
 男に笑みが表れた。
「これで私の過去が清算できる。あの男さえこの世から消えてくれれば、私の全ての苦しみが消え去るんだ。――――始めよう」



 ある日の昼下がり、C大学のとある女子学生は本屋に来ていた。
 ここはよく学生がやってくる書店。学術書や小説、雑誌、いろんな分野の棚で学生たちが立ち読みしている。
 今日彼女がやってきたのはファッション雑誌を買うためだ。普段勉強が忙しいため、こうやって時間の余裕が出来た時に雑誌を買うのが彼女の楽しみだった。
 彼女好みのファッションが載っているものを選ぶと、軽く胸を躍らせてレジへ向かった。
「いらっしゃいませ」
 店員がぶっきらぼうな声で挨拶した。
「ん?」
 その声には聞き覚えがあった。
「あ、ルイス君?」
 彼女はぱっと笑顔になった。
 ルイスは白いTシャツに青いエプロンをして突っ立っている。彼は無表情で彼女と目を合わせない。
 女子学生がレジの台に置いた商品を機械的に受け取ってバーコードを読み込ませ、価格を伝えた。
 だがこんな彼の態度に、なぜか彼女は嫌悪感を覚えない。
「ルイス君この間文房具屋にもいたよね。段ボール片づけてるとこあたし見たよ」
 彼女は積極的に話す。しかし目の前の店員はうるさそうに口をへの字に曲げ、むっつりとしている。ハニーブラウンっぽい金髪の長い前髪のせいで顔の上半分はよく見えないが、かなり機嫌が悪いのはわかる。お金を少々乱暴に受け取り、金額を入力して出てきた引き出しにお金を素早く入れ、おつりを渡した。それも手にではなく、レジの台に。雑誌も袋に入れて、一応客への対応としての決まりなのか、袋の手提げ部分を彼女の方へ向けた。
「ありがとう」
 彼女は彼が目を合わせてくれるわけがないと知りつつも笑顔で受け取った。
 彼女はルイスのことを気に入っている女子学生の一人である。しかしほかの人と違い、彼がぶっきらぼうで無愛想であっても嫌な奴だとは思わない。
 彼女がそう思うのには理由があった。
 ある休日、彼女は買い物から帰る途中自転車のバランスを崩して転び、買ったものを道にぶちまけてしまったが、そのとき真っ先に駆けつけて最後まで拾うのを手伝ってくれたのがルイスだったのだ。女子学生の礼の言葉にうんともすんとも言わなかったが、彼女はとても嬉しかったため、それ以来彼を信用しきってしまっているのだ。



 日曜日の夕方、買い物帰りの彼女はルイスが雑貨店の裏から出てきたのを見かけた。スポーツメーカーのイニシャルが入った大きいショルダーバッグをかけ、黒い革のジャンパーにデニムのパンツ姿は、ルイスの好む格好であることを彼女は知っている。だから、ほんの一瞬見ただけでも彼女には彼だと分かった。彼女は彼と反対の方向へ行く予定だったが、話しか携帯電話ために敢えて彼と同じ方向へ向かった。
 彼がコンビニに入り適当に何か買って出てきたところを狙って彼女は声をかけた。
「お疲れ、ルイス君。いろんなとこでバイトしてるんだね」
「あんた誰?」
 彼はちらりと彼女を見やったがすぐに顔を背けた。
「あら、わからないの? 何度も会ってるじゃない。エミリーよ」
とは言いつつも、名乗るのは実は今日が初めて。つい馴れ馴れしく言ってしまった。
 そのことに全く関心がなさそうなルイス。彼は駐車場の塀へ向かい、そこでさっき買った缶コーヒーを開けた。パカッと缶が開く音がエミリーにとって彼の魅力を引き立てたのだった。
「何の用なんだ?」
 平坦な口調で彼が訊いた。夕焼けを見つめながらコーヒーをすする。
「通りかかっただけよ。ルイス君がいたから声かけただけ」
「嘘だな」
 彼女が言った直後に彼は言った。
「私が店から出てきたところをすかさず付いて来たんだろ? わかるんだぞ。そういうことは」
「えへ、わかる?」
 彼女はいたずらっぽく笑い、ペロッと舌を出した。
 ルイスは長い前髪を垂らして無言でコーヒーを飲み続けていた。
「ねぇ、ルイス君? ちょっと話があるんだけど、いい?」
「…………」
「聞こえた?」
「何だよ?」
 いまのきつめの彼の返事で、ようやく彼女は今彼が相当気分が悪いことを察した。
「これ以上私に抵抗しなくてもいいのよ」
 彼女がそう言うと、彼の手がピタッと止まった。
「みんなルイス君がお高いヤな奴だって言ってるんだけど、あたしはそうじゃないってわかってる。本当は優しい人だって知ってるのよ」
「………………」
 エミリーは彼と同じ方向を向き、つぶやくように言っていた。しかし彼からの反応がないため、ちらりと彼の顔を見た。
 やはり長い前髪でよく見えない。しかしかすかに見える口元は、妙にこわばっていた。
「だからね、ルイス君がああいう態度取るのは何か辛いことがあるからだと思うのよ。だからもし辛くて耐えられなかったら、いつでもあたしに話して。力になるわ」
「余計な御世話だ」
 彼女が言い終わる前に彼が断言した。顔を夕焼けに向けたまま顔を上げた。
「私はむしろ、偉そうだと思われてるほうが安心なんだ。あんたみたいな人がいるほうが、よっぽど落ち着かない」
「……え?」
 彼の発言に、硬直したエミリー。
「別に気にしてくれなくてもいい。私は自分のことは自分で何とかできる。通りすがりのあんたに頼ることは一つもない。――――もう解放してくれないか」
 「解放してくれ」の言葉が彼女の胸に突き刺さった。彼が本気で彼女を嫌っており、今までつき合わされ、束縛されていたと彼が感じていたことがあらわになったからだ。彼女がショックで動けなくなっている傍ら、彼はコーヒーを飲みほし、空き缶をかごへ投げ入れその場を去った。


 その夜、ルイスは携帯電話を取り出した。携帯電話に登録されたアルタシアのアドレスを探すと、電話をかけた。まだ十一時前である。現代の若者がこの時間に寝ることは少ない。事実、アルタシアもそうである。
かけてから五秒ほどで彼が出た。
「もしもし? どうかした?」
 いつもと変わらない様子である。
「やぁ、アルタシア。こんな時間に悪いな」
 いくら起きているとはいえ、電話をかけるのにはやはり遅い時間帯だ。しかしメールはもっと遅くても平気なのである。
 アルタシアの声を聞いて、さっきまで抑えていた気持ちがどっと押し寄せそうになったが、そこをぐっとこらえて、明るく言った。
「いや、暇だからいいんだけど、なんかあったのか?」
 さすがはアルタシア、ルイスの明るい声にも隠しきれない部分を読み取っている。
「……ちょっと、今日ヤな奴に会った」
「んん? どういう人?」
 ルイスは少し間を空けて話す。
「なんだかやたらと私に馴れ馴れしい態度をとる女子がいたんだ。どうもうちの大学と同じ学生みたいなんだけど……」
「『馴れ馴れしい』って、具体的にどんな行動?」
「私に会うたびにやけに親しげに声をかけたり、私の跡つけたり、とにかく私に接近したい様子なんだ」
 しかし、こういうことで愚痴ることはめったにないルイスである。今彼が愚痴ったことを、アルタシアは妙に感じていたのか、彼は少し驚いた様子だった。
「君がそんなことで僕に話すなんて珍しいな。イヤなことがあったって、そんなに君は愚痴らないだろう」
「違うんだよ。私が嫌だと思ってるのはそういう態度を取られたことじゃない。その行動が……もし、私の正体を知っててやってることなら……」
「監視されてるかもってことか?」
「そうだ」
 するとしばらくアルタシアから返事が途切れた。何か考えているのだろうか。
「こんなこと言ったら君は僕を薄情者と思うかもしれないけど、今の考えはいくらなんでも考えすぎだと思う」
「うんん?」
 ルイスは少し唸るような声で聞き返す。
「君が女子に人気があることは僕も知ってる。だから君が厭うような行動をとっても、中には君のバックグラウンドを察して嫌がらない人がいてもおかしくないはずだ。君の正体を知らなくても、何かあったんだろうと考えて」
「でも……」
「あんまり気にしすぎると胃を悪くするぞ」
 アルタシアは少し冗談を込めて言った。
「でもあんなに接近されたのは初めてだ。なんだかやっぱり気味が悪い……」
 やはり腹の内がすっきりしないルイスだった。
「ルイス……いや、こういう話のときは本名(・・)で呼ぶんだったね。レオナルド(・・・・・)」
 ルイス・アルノフという名は、実は仮名だった。吸血鬼として誰かの血を飲まなくなっても平気になったとき、過去と決別するために名前を変えようと思い、この名前にしたのだが、アルタシアと内心的な話をするときだけは本名で呼んでもらうことにしていた。彼の本名は、レオナルド・エティドである。
「いくら君と付き合いの長い僕でも、ビビりすぎだと思うよ。レオナルド、昔からそうだけど、君は人を恐れすぎてる。もう少し気楽に過ごしてもいいんじゃないかと思う」
 その言葉を聞いてルイス――――レオナルドは泣きそうになった。
「……そんなこと出来ない、怖い」
 震える声で小さく訴える。
「出来るものならそうしたい。もうこんな息苦しい生活はいやだ。もっと気楽に、楽しく暮らしたい。でも、出来ないんだよ。私は吸血鬼という罪深い存在で、ずっと人に迫害されて生きてきた。今は誰の血も吸わなくても平気だけど、またいつ吸いたくなってしまうかわからない。それに、どこかで私のことを知ってて憎んでる奴も絶対にいるはずだ。それが誰だかはわからない……だから妙な行動をとる奴がすごく気がかりだ……」
「気持ちはわかるよ」
 アルタシアの重苦しい声が聞こえる。それはまるで、助けたくても助けてやれないもどかしさをかみしめたような口調だった。
「『君は罪深い存在なんかじゃない』って言いたいけど、君を悪い奴だと考えて、憎んでる人間は確かにいるかもしれない。でも、そればかりを気にして暗く時を過ごすか、最低限度の注意だけ払って軽く受け流すかを考えた時、同じ人生なら後者を取った方がいいじゃないか?」
 確かに彼の言うことはもっともだ、とレオナルドは本能的に思った。しかし、世の中を知らない彼はどの程度気を緩めればいいのかわからない。しばらく考えてから彼は言った。
「私だって本当はもっと多くの人と仲良くしたい。でも、怖いんだ。何度も迫害された経験があるから、目の前の人が優しい顔しててもいつか牙をむくんじゃないかって気がして怖い。私が自分に感じよくしてくれている人たちと仲良くしたくない気持ちには、どうせ裏切られてしまうならいっそのこと仲良くしないほうがましだというのもあるんだ。……もう、手遅れかもしれないんだよ、アルタシア」
 彼は小粒の涙を頬に伝わらせた。そして僅かに「ううっ」と嘆いた。
アルタシアはしばらく間をおいてから返事をした。
「吸血鬼は魔物じゃないよ。この世に存在してて、なおかつ本人の君がこんなにも辛い思いをしている。それでいて、どうして吸血鬼は悪魔同然になるんだ? きっとわかるよ。吸血鬼がなぜ人の血を求めるのか」


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