Yukiyanagiな日々

趣味で創作活動しています。野生動物、北方狩猟民大好き。創作活動の報告や、日々思うことを綴ります。

「黒天白悪」第4章

        「黒天白悪」ブログタイトル文字5

    母なる森

 その日、レオナルドは珍しく暇だった。たまたまバイトもないし、課題もレポートもなかったためだ。
 こういう日は決まって彼は部屋に閉じこもっていた。閉じこもって、ギターを相手にしていた。
 実は彼、ギターを弾くのが趣味なのである。また作曲もして、アルタシアに披露することがあった。かつて森に住んでいたころ、無趣味、いや木に登ることぐらいしか好きなことがなかった彼に、アルタシアがギターをはじめとした音楽を勧めてくれたのだ。もともとアルタシアから借りたCDを聞いて音楽に関心を持っていた彼はすぐにはまった。
 最新作を鼻歌を歌いながら奏でていると、彼の脳裏に何かが浮かんだ。
 彼はギターをケースにしまって背負うと、アパートを出た。
 いくつも電車を乗り継ぎ、ようやくたどり着いた先はスコットランドの田舎だった。
 遠くに森が見える。彼はそこへまっしぐらに進んだ。
 森に入り、いくつもの斜面を上り下りし、川を渡って、さらに奥へ奥へと進んでいくと、レオナルドに微笑みが浮かんだ。そして、
「ただいま。――――母さん」
 と声をかけた。言われて振り向いたのは、一頭の白い虎だった。
 西洋にはいないはずのその虎は、もうここで15年近く住んでいる。
 サファイアのような瞳には、どこか人間らしさがあった。
「おかえりなさい。レオナルド」
 虎がしゃべった。優しい女性の声で。
「いつかは戻ってきてくれると信じてたわ。来てくれたのね」
 巨大な図体には似合わないほどお淑やかに虎は言った。
「やっと暇ができたんだ。そしたら母さんのこと思い出して」
「アルタシア君は?」
「一人で来たかったんだ。それに彼だって暇じゃないだろうし。2、3日ここにいるよ。アパートにいるあの子らも魔法で自由に行き来できるようにしてあるから大丈夫」
「まぁ。しばらく居てくれるのね」
「うん」

 二人(正確には一人と一頭だが)は、かつて彼とアルタシアがともに勉強し、いろいろ実験をした小屋を訪れた。
「いつもここで頑張ってたわね。受験勉強もここにこもってずっとやってたし」
「懐かしいなぁ。当時は苦い思い出ばかりだったけど」
「あら? なんで苦い思い出ばっかりなの?」
「だって定期的にアルタシアがテストするんだ。しかもいっつも抜き打ちなんだよ。ちょっと気を抜くとすぐにアルタシアに負けるし。学校行ってないからって甘えたくなかったんだよ」
「負けず嫌いなのね」
「なんだかムキになってたんだよな」
 扉は植物が絡まっていてなかなか開かなかった。かなり強引に扉を引っ張りようやく入れた。
 中は蜘蛛の巣やネズミの住処になっていて、かつてなにかと実験をしたときに使った器具を置いた棚はボロボロだ。
「私と彼が住んでたとこが今度は生き物たちの住処か」
「程よく日がさして程よく陰るからいろんな生き物たちに好まれてるの」
「ははは、生き物たちのアパートだな」


 しばらく二人で森の中を散策した後、レオナルドは持ってきたギターを出して、最近作った二~三曲を演奏した。
 その曲は、有名なクラシックやワールド系の音楽をベースにした、美しくもどこか切なげなメロディであった。
 白い虎――――ハンナは彼の曲を聴いた後、ゆっくりと感想を述べた。
「きれいな歌ね。あなたの心の清らかさが伝わってくるわ。……でもなんだか淋しそうね」
 ハンナの表情もどこか淋しげだ。
「何か思い悩むことあるの……?」
 急にそんなことを聞かれて、彼は少しびびった。
「え? あ、いや……そんな大したことはないけど」
 返答に戸惑って俯いてしまった。
「あれから中毒症状は出てない?」
「あぁ、その辺は大丈夫だけど……」
 だがしばらくして、彼は思い詰めたように話し始めた。
「……母さん、吸血鬼は魔物なんかじゃないだろ? 体のつくりが少し変なだけだろ? だって、こう、ものすごくつらい気持ちを抱かなければあの禁断症状は出ないんだ」
 思い余って、彼は涙ぐみそうになった。
「大丈夫よ。この世に生まれた人間なんだもの。憎まれるだけの存在として生まれるものなんてひとつもないわ」
 彼女の表情は温かかった。
「ホントに?」
 彼は不安げに顔をあげ、ハンナの目を見つめた。いつ見ても、美しい目だった。
「現にアルタシア君がいるじゃない。彼を信用してるんでしょ?」
「うん……」
 彼は再び視線を落とした。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない。でもなんだか、最近、妙な胸騒ぎがするんだ……。こう、虫の知らせっていうのかな」
 胸に手を当てて何かを探るしぐさをとった。
「あなたには気の休まる時っていうのはないの?それだから治らないんじゃない?」
 今の母の言葉に、彼ははっとして顔を上げた。
「え?」
「私思うのだけど、吸血鬼って病気なんじゃないかと思うの。だって、あなただって生まれた時から吸血鬼だった覚えはないでしょう?」
「まぁね……。でも、それ以前の記憶は全くないんだよ。本当の親の名前だってわからない」
「きっとなんかあったのよ。それが原因で吸血鬼になってしまったんだと私は思うの」
「母さん……」
「どうやってなったかはわからないけど、でも、あなたにその苦しみを超える幸せがくれば、吸血鬼でなくなると思うわ」
 この瞬間が、彼にとっては人生最高の瞬間だっただろう。自分がはじめて普通の人間だと思え始めたのだ。
「あぁ、それが真実であれば、私はどれだけ救われるんだろう。もう誰をも恐れる必要がなくなる! 多くの人と仲良くなれる!」
「あなたを7年見守ってきたもの。アルタシア君もそう思ってくれてるわ」

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