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Although the world is full of suffering,
it is full of the overcoming of it.
- Helen Keller

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SNSの「いいね」にどれだけ価値があるのか

去年10月、SNSの評価を気にしていたら自分を見失うからやめようという趣旨の記事を書きました。その後もぼちぼち作品をアップしたり、アップした直後ぐらいはやっぱりどうしても評価が気になっちゃう、なんてこともあったりしました。

しかし、自分への周囲の反応や、SNSに関するドキュメンタリーを見たりしたら、ますますSNSの「いいね」の価値って何なんだろうって思うようになりました。


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■「いいね」やフォロワーは買える


先週、NHKのEテレでとあるドキュメンタリーが放送されました。「ドキュランドへようこそ」というドキュメンタリーシリーズのひとつで、日本語タイトル「#フォロー・ミー インスタの偽り」というオランダ制作の番組です。(番組案内

今や世界中で大人気のSNS、インスタグラム。番組ではもはやTwitterやFacebookは古いとさえ言っています。日本で「インスタ映え」という言葉があるように、英語では「instagrammable」という言葉があります。それほど世界中の人がインスタに熱中しているんですよね。
何故みんなインスタでの写真写りを気にするのか。それは、インスタで「いいね」やフォロワーが欲しいからに決まっています。いいねの数が多ければ、自分の投稿が多くの人にとって価値のあるものになるし、フォロワーが多ければそれだけ魅力的なアカウントである、ということになります。写真家やモデルにとっては「いいね」やフォロワーの数はとても大事で、それによってビジネスチャンスも大きく左右されます。また最近では、「いいね」の数が多い投稿が見やれやすいアルゴリズムになったことで、人気者はどんどん人気者に、不人気の人はどんどん見られなくなる、ということが起きています。

しかし、インスタ投稿者の存在価値を示しているともいえる「いいね」やフォロワー数について、いかがわしいビジネスが存在しているというのをこの番組は暴いています。「いいね」やフォロワーを販売している業者がいるのです。
私もヤフオクでTwitterのフォロワー数が販売されているのを見たことがあります。(別に欲しくてわざわざ調べたわけじゃない)だから、そういった業者が存在すること自体は、別に私はそんなに驚きませんでした。その業者に必要な数の「いいね」数やフォロワー数を注文しお金を払えば、どんな些細な投稿にもあっと言う間に「いいね」が何千個もつきます。お金さえ払えば簡単に誰でもセレブの仲間入りができるというわけです。
事実、こういったことをしている人はたくさんいるらしく、アメリカにはこのような”偽の”フォロワーの数をチェックする会社があります。その会社によると、あの有名なケイティ・ペリーも、インスタのフォロワーの約2割はbotや正体不明であり、フォロワーを買っている可能性が高いそうです。イタリアのとある旅行写真家の女性も、ビジネスの確保のためにフォロワーを買い、「アルゴリズムを騙すしかない」と言っていました。

■手動でもその「いいね」は本心なのか


私はもともとインスタなるものはキラキラしたパリピが使ってるツールだと思っているので殆ど投稿しません。だから私とって最大の発信ツールとなるSNSはTwitterとPixivです。Twitterでは備忘録としてリンクを貼ったり独り言をつぶやくこともあり、そっちは別に反応がなくても気になりません。でもイラストや写真となると違います。これは私の思い込みかもしれませんが、なんか画像ってのは反応あって当たり前、ってイメージがあって、旅行の写真やイラストを投稿して反応がないと「無視された」とか「嘲笑われてる」って感じてしまいます。自分の中にも無意識のうちに「なんで投稿するかって? そりゃいいねして欲しいからに決まってるじゃん。そのために頑張ってんのに反応なかったら痛くない?」という感覚があるのでしょう、楽しい瞬間をSNSに載せて無反応だともう意気消沈ですね。私の楽しみなんて毛ほども価値がないとフォロワーから言われた気分で。

↑これやばくないですか。文章にしてみると本当にばかげています。お前本当に自己肯定感皆無なんだな、他人に承認してもらわないと自分のこと受け入れられないのかよ、卑屈すぎねえ?病院行ってこいよ、ってレベルです。すごくない?

だから、写真やイラストを投稿するときは必ずハッシュタグをつけます。こうすることで見てもらえる確率が上がるし、そして「いいね」がもらえる確率も上がるわけです。
しかし、それをやって「いいね」がついても、何故か嬉しくありません。とりあえず「反応されない痛い奴」という目で見られる事態からは逃れられた感覚。それは何故でしょうか。
それは「いいね」をした人間の下心が丸見えだからです。「いいね」をした人間は全て公開アカウントで、もう自己紹介から「絵描きさんとつながりたい」って書いちゃってあるもん(笑)つまり「オリジナル絵を投稿したあなたを『いいね』したから私のこともよろしくね★」ってのがすげえ露骨なんです。私の絵をまともに評価してるわけじゃないんです。中には親しくしているフォロワーさんもいて、その人の「いいね」はある程度本心だろうと思います。けれどその人も常日ごろから承認欲求の塊だというのはビンビン感じます……。

先のオランダのドキュメンタリーでは、ロシアのとある事例も紹介していました。機械的な「いいね」やフォロワーを提供するのではなく、人々が互いに「いいね」し合ったりコメントし合ったりするサービスがあるそうです。それは今ロシアでは大人気で、開発者は講演会やサイン会も開いています。サービスのユーザーは自分が「いいね」やコメントをもらう代わりに、他の人にも「いいね」やコメントをする必要があります。完全なギブアンドテイクの関係であり、好きでも興味があるわけでもない投稿に、さもさもすごく興味があるかのようなコメントをしなくてはなりません。それに強いジレンマを感じている主婦のことも番組では紹介していました。

私のPixivに投稿している作品でも、動物絵やパロディのような初見でもわかる絵なら別ですが、ちょっと初見には伝わりにくいかもと思うオリキャライラストになると一気に反応は悪くなります。その際、僅かについている「いいね」については、明らかに私の絵を理解した上でやってるんじゃなかろうと思われるアカウントがいます。本人の投稿は私の絵の趣味とは随分かけ離れているし、お世辞にも上手とも面白いも思えない。しかしそれには不釣合いなほどたくさんの「いいね」がついている。恐らく不人気な投稿者同士傷を舐め合っているんでしょう。「俺がいいね送ってんだから、君たちも俺にしてくれるよな?」っていう、先のロシアのサービスと恐ろしく類似しています。

■投稿や人そのものではなく、数字で判断する風潮


以上のことから、SNSの利用者はその多くが「いいね」やフォロワーの獲得に血眼になっています。もちろん、私も例外なく。そうしないと、不人気で価値のない人間だと思われるから。一生懸命作っても、「いいね」のつかないものはゴミ同然。極端な話そこまで行ってしまいます。

SNSがなければ、どれだけ楽だっただろうかと思いませんか。「いいね」やフォロワーの数が非公開になっていれば、人の目を気にせずどれだけのびのびとしていられるだろうかと思いませんか。私がこういったことをSNSではなくブログに書いているのも、ブログではそういった緊張感から開放されているからです。SNSの投稿は激流の如くすさまじい勢いで流れていっちゃうのに、「いいね」のない投稿は「痛い」とみなされる。どんだけスピード重視なんですか。のんびりしてる暇なんてないですよね。

でもここまで書いてきてひとつ聞きたい。業者でも個人でもそうだけど、「数字を抜きにして、あなたたち自身でその投稿をどう思うんですか?」と。皆が「いいね」してるからすごい、誰も「いいね」してないから価値がない。それって、あなたたち自身で判断してないってことですよね。「横並び論法」っていうやつじゃないんですか? ええ?

自分の判断力に自信がないことを棚に上げて、みんなが評論家気取りになっている。それもぺらぺらの。それで人気者のマネをしているから自分はイケてる、魅力的だって。軽すぎ。

そりゃ「いいね」やフォロワーがある程度集まるのには、ズルなしでもそれなりの理由があるっていうのもあるでしょう。それは否定しません。「いいね」のたくさんついている投稿全てをニセモノだと言うつもりはありません。ただ、皆モノの価値より数字にばかり気を取られすぎているんじゃないのかと言いたいのです。

18世紀の哲学者カントは、人間の美的価値の基準というのは、個人それぞれが感じる快・不快によるもので、物の大きさや速さのような、客観的で明確な基準はないと言っています。グローバル社会になる以前の世の中だって、時代や地域によって美人の基準は大きく異なっていましたよね。胸の小さい人が美人とされたり、ぽっちゃりさんが良いと言われたり。それなのに今、SNSの世界では「いいねの数」という物差しを使って、一方的に美的価値が定められようとしています。

私は自己肯定感がとてつもなく低いから、そういう風潮に流されてしまっていた。その実態を知れば知るほど、考えれば考えるほど馬鹿らしい。むしろ反応が少ない中、下心抜きに「いいね」してくれる人の評価の方がよっぽど価値があるんじゃないのか。
そして「いいね」が来ても来なくても、自分の発信したいことを堂々と出せる人が本当に自己肯定感が強いんじゃないのか。
(↑私はそうなりたい!)

SNSは人にありのままでいることを否定し、自分の頭で判断する時間を奪う。そんな世界で翻弄される生き方で、誰も幸せになれるわけがないと私は思う。

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