Yukiyanagiな日々

趣味で創作活動しています。野生動物、北方狩猟民大好き。創作活動の報告や、日々思うことを綴ります。

Phantom 第5章

「Phantom」ロゴ5



    第5章 垣間見えるもの

もう「16世紀」に来てしまってから五日は経つ。しかし絵理奈には1か月以上いるような気がしていた。
 人間不思議なもので、慣れないところで生活すると一日がとても長く感じ、慣れると一日はあっという間に過ぎ去ってしまう。絵理奈も今慣れない空間での生活を余儀なくされ、長い長い時間を過ごしていた。
 スマートフォンは使う意味がないので使わずに放っておいた。当然送受信はできない。おかげで、いつも1日で電池を使い切ってしまうところを、五日経ってもまだ半分以上はあった。
 彼女にはまた、大きな不安がのしかかっていた。いつまでここにいなくてはならないのか、家族や友人との連絡が取れず心配しているのではないか、授業に支障がきたされてしまうのではないか……。もろに考えると息が詰まるほど苦しくなるので、なるべく考えないようにしていたが、嫌でもそれは感じてしまうのだった。
 フード&黒覆面の男は毎晩必ず絵理奈のもとに帰ってきた。そのまま藁山に腰かけて寝てしまう日もあるし、何かを置いていく、もしくは取りに来てまた行ってしまうこともあった。ただひとつ必ずしていたことは、絵理奈のベッドの傍らに蝋燭を置いてくれたことだ。ベッドの横に丸くて小さなテーブルがあり、そこに彼がおいておくのだ。それはまるで、彼が帰ってくるまで真っ暗で過ごしている絵理奈を気遣うようだった。しかし、彼は一切彼女と目を合わせないので礼を言おうにも言えなかった。


 そんなある日、絵理奈は町を歩いて見知らぬ通りに出てしまった。
「あれ? ここどこ? えぇっと地図は……」
 カバンから地図を出したその時、地図は絵理奈の手をするりと離れ、風に舞ってしまった。
「あぁ、待って!!」
 運悪くこの日は風が強いのか、地図は風に流されてますます高く舞い上がり、勢い良く飛んでいく。
 風がやみ、地図は見慣れない小高い丘の上にふわりと落ちた。彼女はぜいぜい息を切らしながら駆け寄り、やっとの思いで拾い上げた。
「えぇ……?」
 そこは見渡す限り人気のない場所だった。遠くに街が見えるが、戻っても来たことのある場所ではないだろう。事実、街に来ても全然知らない通りだった。
 地図を見ても一致する場所がない。どうやら彼女は、迷子になってしまったようだ。
 人に道を聞こうにも、特定できるような名称を知らないし、特徴的な建物があるわけでもなかった。仕方なく、彼女は手探りでもと来た道を探すしかなかった。
 


 一体どれほど歩き続けたことだろう。日はすっかり落ち、晩課の鐘も鳴ってしまったことだろう。
 通りにはぽつぽつと街灯が付き始めるが、数は少なく、薄暗い道が多かった。まだ地図の範囲内には戻っていないかもしれない。
 彼女は泣きそうになっていた。でも、泣いてしまうともっと悲しくなるし、泣いている余裕などなかった。だから、下唇を噛み締めながら歩くしかなかった。
 すっかり疲れてしまい、絵理奈は人通りのない広場のベンチに腰掛けた。見上げても、月や星は見えない。黒い空に灰色の雲がかかっている。
 そのとき、遠くから足音が聞こえてきた。その音はだんだん自分に迫ってくる。
「そこにいたのか」
 低い男の声がした。声のした方を向くと、修道士のような格好をした人物が、灯りを携えて立っていた。
「探したんだぞ。あそこにいなかったから」
 聞き覚えのある声だった。
「あ……あなたは……」
 あのフードの男だったのだ。もちろん、今目の前でもフードはかぶっているのだが。
「こんな時間までそこで何してた? しかもここは地図に載ってない範囲だぞ」
 絵理奈はうつむき、自分の手元を見ながら今日の出来事を手短に伝えた。
 話を聞いた男は大きなため息をついた。
「うっかりしてるな、まったく。……まぁいい。とにかく来い」
 絵理奈はゆっくり立ち上がり男のところに寄った。すると彼は黒いマントで彼女を包み込み、灯りで前方を照らしながらゆっくり歩き始めた。

第5章

「……すみません、ホントに」
 彼女はさらなる申し訳なさを感じてきた。
「もういい。今度から気をつけろ」
 男は前をむいたまま、小声で言った。

 牢獄に戻ってきたところで、彼は絵理奈を残してまた出かけようとした。
 その気ぜわしない様子に絵理奈は思わず、「忙しいんですね」と言ってしまった。
「まぁな」
 男は意外にもうるさがる様子もなく返答した。この態度が、妙に絵理奈に親近感を抱かせたのか、彼女はさらに声をかけてみた。
「あの……」
 少し声が震えた。
「ん?」
 男は少し振り返った。
「あの、私のためにいつもいろいろありがとうございます。地図書いてくれたり、お金や服貸してくれたり、灯り置いてくれたり……ホントいろいろ……」
「何を言ってるんだ。お前は私の捕虜みたいなものなんだぞ。一人の人間を預かっている以上、何もしないわけにはいかないだろう」
 やっぱりいつものようなそっけない態度になってしまった。でも彼女は、それでまた彼を感じ悪いとは思わなかった。
「でも……あたしには嬉しかったんです……未知の場所で、どこでどう過ごせばいいのかも分からなくて……帰り方もわからないまま……気を遣ってくれる人がいてくれることが、ホントに、嬉しかったんですよ。今日だって、あなたが必死に私を探して見つけてくれて、正直言って、すごく嬉しかったんです。心の底から感謝してます!」
 そう言うと、彼女の目から大粒の涙が溢れてきた。今まで溜まっていたものが、涙とともに吹き出してくるようだった。
 すると、男は絵理奈に向き合って、ベッドに腰掛ける絵理奈の前に膝をつき、彼女の顔にそっと手を触れた。その手はとても暖かく、彼の顔もいつも以上に近かった。しかし、黒い布で覆われた顔から彼の表情はわからなかった。
「……淋しかったのか」
 何気ない声かもしれないが、それがどれほど彼女の心に響いたことだろう。彼女は、彼に秘められた温かみを感じた。今この瞬間、彼女には彼が善人以外の何者でもないようにしか思えなかった。
 こんなに優しくてあったかいのに、なぜ顔を隠すの? と絵理奈には不可解だった。今この場で彼の顔を見たいと思ったが、できなかった。
「……またすぐに戻ってくる」
 彼はボソリと言うと、ゆっくり立ち上がって牢屋を出て行った。






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