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Although the world is full of suffering,
it is full of the overcoming of it.
- Helen Keller

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20年前のアニメのキャラを描いてしまった【3月訂正版】

小学生の恋心を全力で再現☆

はいタイトル通り。1990年代の、あの懐かしい(エモい)感覚に浸りたいと思って、1999〜2000年ごろのとあるアニメの動画を観てたら、かつてチビだったころの自分が抱いた恋心(?)がひそかに蘇っちゃいました。

当時は画力が足りなくて自分で再現できず悔しい思いをしたところを、今ならできると思い、思いっきり現在の画力&自分の絵柄で描いてみました。テンパりすぎて人体バランスしょっちゅう崩れたけどww

コレクター ユイ シンクロ シンユイ ウォーウルフ コレユイ 描いてみた
ネットで見かけたファンアートを若干参考にしたかも

知ってる人は知ってますよね。当時Eテレ(教育テレビ)で放送されていた「コレクター・ユイ」の最後のソフト、シンクロです。なんかオリジナルより+5歳ぐらい大人びてしまったような気もするけど。

作中「シンクロ(synchro)」という言葉は「協調」と訳されてますが、これは正しくありません。「synchronize」の略であり「同時性をもつ、同一致する、同調する」という意味でです。ざっくり言うと「ピッタリ一致している状態」という意味です(シンクロナイズド・スイミングがわかりやすい)。私たちが一般的に考える「協調」という意味の言葉は「cooperation」「harmony (調和)」「conciliation (妥協)」になります。(以上全てWeblio辞書より)
また日本語としても「シンクロする」というように普通にカタカナ語として浸透してるので、正直すごく呼びにくい。というか、せっかく20年前に封印した感覚なのに、「シンクロ」という語を耳にするたびにこの人のこと思い出すじゃん。やめてくれよ///

まあそれは置いといて、今見ても普通に男前でありまする(IRかよ)。そりゃ女子小学生が描けるわけないよ。子ども向けとしてシンプルな線と服装等キャラクターデザインしてあったって、そもそもこの存在感を再現するのは女の子には無理ゲーなのだよ。

ちなみに10年前の自分もちゃんと描けなかったと思います。シルエットはそれらしくなっても、首が長く手足は華奢で、こんなオトナでセクシーな感じは全然出せないと思います。ただの太眉の美青年止まりになってしまうと思う……。

当時の生々しい記録

これがただの私の記憶じゃないっていう動かぬ証拠がありますので、ここで一丁恥さらししてみようと思います。

下の画像は、アニメ放送当時、私が小学生のとき塗ってた塗り絵です。基本的に好んで色を付けてたのは、やっぱり結とか春菜といったキャラでした。

20年前の塗り絵・春菜と結
本人のセリフらしき文章にはほぼ全部吹き出しつけてるww ってかIRに何持たせてんのwww

それ以外のキャラは殆ど塗っていない中、シンクロに色を塗ってるのはやっぱり好きだったからでしょう(笑)

20年前の塗り絵・シンクロ
「眉毛=黒」という刷り込みがあるのかなぜか眉だけ黒い。やけに肌の色が薄いのは「はだいろ」という名の色鉛筆を全力で濃く塗ってもこの色だったから。当時「はだいろ」以外の色を肌の彩色に使うという発想がなかった。
20年前の塗り絵・ウォーウルフ
赤い矢印で目立たせましたが、ウォーウルフの名前の真下に「シンクロ」と懇切丁寧に追記してくれちゃってます。

何にそんなに惚れたんだい?

悪いソフトに操られて野獣にされて、最後に元の姿に戻って、誰よりも主人公を信頼し信念を曲げなかった。ウホッ! いい男だねぇ。シーズン2でバグってまた野獣の姿になっちゃうものの、今度は良き人としてユイを支える存在に。一生懸命元の姿に戻ろうとするけど上手くいかなくて、一時的に戻ったら真っ先にユイに見せようとするのw
なんか切なさといじらしさが混じって、かつ男前。好きにならないわけないのよ。うちの作品にもこんな人物いるよな? 何これ、私の萌えポイント??

って思ったら、思い出に浸るだけのはずが地味に今の自分の創作ネタへの情熱も高まっちゃって(汗)

一つだけ言わせてもらって良いかい?(笑)

わたくし雪柳アンがこの人物について語るといえば、そりゃ大きな文句が一つあるわけで(笑)ただもちろん、シンクロさんに非はありません。彼はもっぱら「被害者」なのだから。悪いのは全部、グロッサー及びキャラクター制作陣です。
彼はウォーウルフという狼男にされたわけですが、あんなん私に言わせればオオカミの風上に置けないわけですよwwコレユイのファンの方も見にきてるかもしれないんでちょっとだけ聞いてくださいな♪

シーズン1でユイたちがコムネットの自然公園にきたとき、ウォーウルフが森を焼き払ったじゃないですか。これ某野生動物協会の方たちが見たら抗議文提出レベルです。なにもウォーウルフを登場させなくたって良いでしょうが。フリーズさんによって森が極寒地獄となるでも良いでしょうが。

私から見ればウォーウルフはただの野獣、狂犬です。シンクロさんについては個人的には「美女と野獣」の感覚で見ています(美女はユイちゃん??)。毛むくじゃらの怪物が本来の姿に戻った時イケメンだった、そんな感覚で楽しんでいます。

作品全体について改めて思うこと

この年になって改めて作品を見ると、特にシーズン1辺りいろいろ思うことが出てきます。

ます「ダウンロード」とか「インストール」とか、今ではごく日常的な用語になっていますが、それが決め台詞になる辺り、あの頃はまだ珍しい用語だったのかなーと思いました。また、シーズン1の終盤でユイの幼少期のシーンが映るんだけど、のちにグロッサーとなる(?)捨てられるPCの形状がアニメ放送当時のiMacに酷似してて笑いそうになりました。それだけApple製品のデザインは昔から洗練されてたんですね。

最初に観てた時期が小学校低学年だったから、とにかく悪の親玉をやっつけてくれとしか思ってなくて、世界観の詳細を理解するだけの思考力や理解力なんてありませんでした。それが20年経った今、自らも物語を考え、世界観構成に一段とうるさくなった自分が見ると、いろいろ気になるところが出てきます。子ども向けだからって容赦しないよ?

悪の親玉グロッサーの本当の目的は人間のように自由な意志で生きることであり、まあ早い話が人間に対して反乱を起こしてたんですよね。でもそれを正すためのコレクターズも、結構人間味溢れた性格をしていて、エコは環境破壊する人間を嫌っていたし、シンクロも本来のコレクターがユイじゃなかったと知らされても受け入れなかったですよね。十分人間からの指示に背いてる感じがするんだけどどうなの?ってちょっと引っかかって……。でも確か、最終回でユイの彼氏の体を借りたグロッサーが、犬養博士がのちにコレクターズにも人間のような人格を与えたみたいなことちょっと言ってたんですよ。でも何のために?

子ども向けのアニメとしては、そりゃ人間味溢れてる方が楽しいだろうけど、あくまで彼らの仕事はネット環境のセキュリティです。人格を与えられたとはいえ、本来の使命を自覚し、それを全うできればいいよねってことでしょうか。

シーズン2のラスボスは元コムネットの開発者のひとりであり、「ソフトウェアに感情など要らぬ」と言っていますが、普通そっちが正論www 現実問題コマンドに対応するソフトが感情で動いてたらお仕事になりません。あれはもう物語の世界観として後戻りできないというか、ソフトたちへの10代前後の視聴者の愛着が相まって正義と化した気がしてなりません。あるいはコレクターズにはプログラムの修正やセキュリティ以外に、バーチャルフレンドとしての役割が最初から与えられてるんでしょうか??

……すいません。なんかディスりまくってるようにとれるかもしれませんが、それはそれとしてシンクロさんは好きです。もう世界観とか度外視してキャラだけ愛します。ググると出てくるファンアートも楽しみます。いつかそのうちエッセンスだけパクって全然違うオリキャラ作っちゃうかもしれない(笑)