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Although the world is full of suffering,
it is full of the overcoming of it.
- Helen Keller

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異形であっても、あくまで「人間」として設定したい理由とこだわり

数年前に読むのを中断していた、上橋菜穂子さんの小説「鹿の王」を最近また読み始めました。やっぱり大人気作家なだけあると思いますね。またああいった濃厚な世界観は私の大好きなタイプだったと改めて気付かされました。

それで、久々に濃厚なファンタジーを読んだり鷹匠のエッセイ漫画を読んだりして振り返ると、自分の作ってる作品は、知識が乏しくやっぱり未熟だなあと思えてきました。

私は今まで、創作して世の中(ネットやイベント)に作品を出すからには、私ならではの強いアピールポイントがあってこそだと思っていたのですが、ひとつの壮大な物語として考えた時、全体的に見た時に、未熟であってもそれでも強く語れるコンセプトってなんだろうと思っちゃいました。
確かに多少なりとも語れるコンセプトが立ってるから、審査のある博物ふぇすてぃばるで出展出来たんだろうけど、改めて、自分がどういう気持ちで今後創作して出展していきたいか、考えるきっかけになりました。

そこで考えた時、思春期からずっとこだわってきて、今の私の創作作品のメインテーマである「たとえ異形であっても人間だ!」というコンセプトを改めて煮詰めてみようと考えました。

10代から抱いていた違和感をアウトプットしていた

何度かこのブログにも書いていることだと思うし、博物ふぇすやWEBサイトでも言いきっちゃってますが、私が描いている「鳥獣人」と呼ばれる存在は、生物学的にはホモ・サピエンスであると設定しています。つまり我々と同じ人間です。

当選いたしました!!/出展内容の原点

えー、昨晩私が緊張と疲労による肩凝りと頭痛のため早めに寝ている間に、「博物ふぇすてぃばる!」運営からメールが届きました。(23時台だよ。運営の人何時まで頑張ってるの…?)今朝起きてスマホを開いたらまさかの(仮)当選通知が来ていて朝からテンションMAX!! 人生最大の喜びを噛み締めている今日この頃でございます!しかも第1希望の土曜出展に決まりました。今年は前年度に比べ更に50ブース追加されるため、希望のブース...

The World | Yukiyanagi - Peoples, Wildlife and Fantasy

物語世界の世界観、登場する民族について紹介しています。

私が見た限りだと、動物や鳥といった他の生き物の身体的特徴を持った人型の生物は、一般的に「亜人」とか呼ばれ、「人間ではない存在」とされがちです。

言葉も通じて意思疎通もできる、対等な仲間として協力し合える、それなのに同種族と認めたがらない世の中のファンタジーの体質が、子どもの頃からずっと違和感だったしなんか不快だったんです。

何故なら、「人間」なる種族は地味で無力とされがちだし、「異形の種族」を人間の一部としないことで、なんか多様性を認めてないとか、どこか差別してるっぽいとか、決定的に分かり合えない壁がありそうな気がしてしまったからなんです。

↑って言うと、「じゃあ人魚にも人権を認めるべきだって言うの?www」って言われそうだけど、事実ある作品や伝説をそうしろとは言うとらんのよ。
ただ、私個人がそういう世界観が好きになれなくて、亜人系の出てくるファンタジーは端から観賞する気になれなかったし、むしろ自分で好きに空想して楽しんでいました。(今ではもう「その作品はそういう設定」と割り切って楽しむこともありますが)

生物の進化からファンタジーを考えたい

過去記事にもあるように、昔から生物や人類の進化の歴史が大好きだった私は、その流れで、一般的に「亜人」と呼ばれる種族が人類以外の生物となるのはあり得ないと考えていました。一時はホモ・サピエンス以外の人類種として設定しようかとも思いましたが、もっと近い存在にしたいと考え、サピエンスの一派という考えに落ち着きました。

「鳥獣人」と呼ばれたって、生物学的にはホモ・サピエンス。頭蓋骨の形状としてもちょっと犬歯が長いだけ。
「鳥獣人」と呼ばれたって、生物学的にはホモ・サピエンス。頭蓋骨の形状としてもちょっと犬歯が長いだけ。

実際の人間社会だって肌の色や顔つき、体質などが民族によって大きく異なったりするのだから、ファンタジーなら尚のことそのバリエーションが多くたっていいじゃん!って思えたのです。

科学者系キャラに倣うわけではありませんが、ファンタジーに憧れつつも科学を信じ愛していた当時の自分にとっては、生物の進化や歴史をガン無視したファンタジーの設定はふざけた代物だとマジで思い、ドン引きしていました(笑)

無論、人間に動物の体の特徴があるなんて時点で生命の進化無視してると言えばその通りです。でも、私はそういった存在のことは昔から好きだったし、ファンタジーを作るなら絶対用いたいと思っていました。

「動物たちが知能上げて結果的に人間に近い姿になったってのはどう?」という考えもありますが、もしそこ基準ならもっと人間離れした造形や性質でないとちょっと説得力に欠けませんか?私はガチでその世界が実在するかのように考えたいので、9割がた人間なのに一部動物っぽいから「動物が人間っぽく進化した」って設定するのは都合が良すぎる気がします。

というか、そもそも私の中では「そういう姿の人たちともわかり合いたい」という願望のようなものがあったり、人類の迫害や差別の歴史を聞いて、そういうコンテンツを入れたいという思いがあったので、やはり「動物が人間のような姿に進化した」という設定では納得できなかったんです。

だから私の場合は全く逆で、「人間が何らの理由で動物のような身体的能力を身につけるよう進化した」という設定にしました。これなら、9割がた人の姿をしていてもそれが当然だと納得できるでしょう?

「Canadiara」に画力革命を起こす!【7月訂正】

3月から気が狂ったようにコレユイのシンクロばかり描いて(書いて)た結果、私の創作活動の方に思わぬ影響が出るようになりました。 無駄にビビらず、ちゃんと資料を見て人物を描けるようになった 無駄な生真面目を捨ててフランクに絵が描けるようになった これ、どういうことなのかというと、今まで私人物を描くとき、めっちゃ緊張してたんですよ。しかも、出展用のネタとして考えている作品については、無...

イラストや小説にどうつなげる?

ざっくりとした世界観設定だけなら10年以上前からできています。ただ問題なのは、それをどうイラストやストーリーに展開して、見る人読む人に分かってもらえ、少しでも好きになってもらえるかということです。

10年前に書いていた小説では、正直作品の本筋とはあまり関係ないのにこういった設定をてんこもりにしていました。そして今書いている作品では、とかく「人を見た目で差別してはいけない!」なんてクソありきたりで説教くさいストーリーになるか、或いは私の好きな某SF映画のような全面戦争になるかのどっちかになりそうで戦慄しています。

せっかくオリジナリティのあるネタを考えて世界観設定まで細かくやったのに、肝心なストーリーがありきたりだったらわざわざ読みたいと思います?粗筋読んだだけで納得ですよ。

むしろ此処まで頑張って作り上げてきたのなら、異形の存在も我々の兄弟だとする故の混乱だったり衝突だったり、実際の世界史にあるような異なる民族の対立や協力を参考にして、これまでの「異形は異形」と決めつけてきた世界観では出せないストーリーを紡いでいけたらと思います。

イラストは難しいです。世界観が細かく特殊になる程1枚絵だけでは表現しきれず、わかりにくいものとなってしまいます。オリキャラの絵より動物を描いた絵の方が受けやすいのはそのためです。

ビジュアル的楽しさ、コンセプトの表現、かつある程度のわかりやすさ、この3つを表現するのは容易なことではありません。分かりやすさを重視して違う内容が伝わってしまうのも不本意だし、コンセプト重視して伝わらない(大抵こうなる)のも寂しいです。

2021年に延びた博物ふぇすてぃばるでは、イラストも小説もさらに内容を詰めた&面白いものを発表していきたいと思います!

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